I will support Ohashi For tomorrow.
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談



 35年近い競馬ファンである。学生時代はキオスクのような駅の売店まで競馬新聞を運ぶアルバイトをしていたし、新聞社の大阪本社にいた時は、夕刊に1年半近く毎週1回、馬に関するコラム(競馬の予想ではない)を書いていた。当時、親戚の法事で東京へ行ったついでに、会場の多磨霊園を途中で抜けてジャパンカップを見に府中競馬場へ行き、ヒンシュクを買ったこともあった。1985年5月1日付で大阪から東京に転勤したが、その2日前、競馬好きの先輩や同僚が京都競馬場で送別会をやってくれた。シンボリルドルフが勝った天皇賞の当日で、ルドルフの力強い末足を4コーナーあたりで見ながら、「すごい」と舌を巻いたのも忘れられない思い出だ。
電話投票の権利はずっと持っているが、この数年はGTレースしか買わなくなり、それも1年間外れ続けた年があって貯金が尽きてしまって以後は馬券を買うことはほとんどなくなった。しかし、家にいれば必ずテレビでレースを見るし、東京にいた時はメーンレースをすべてビデオに残し、何十年分かの重賞ライブラリーができていた。
長い間競馬を見てきたが、先日の菊花賞で武豊騎乗の1番人気ノーリーズンがスタート直後に落馬したのには驚いた。私が初めてテレビで見た1969年のダービーで、1番人気だった嶋田功騎手のタカツバキがスタート直後に落馬して以来の珍事だと思う。
あの日、武豊騎手はそれまで9回騎乗して1着5回2着4回という成績で、前日にも5勝していたので、ノーリーズンが菊花賞を制覇すれば土日2日間の勝ち数11という日本記録達成となるはずだった。なぜ落馬したか記者に聞かれて「理由はない」と答えたそうだ。ノーリーズンという馬名に引っ掛けたコメントだろうが、並みの騎手なら「ふざけるな」とぶっ飛ばされるところで、さすが天下の武豊騎手だと妙に感心してしまった。




娘が生まれたころは、休暇を取って北海道の牧場めぐりをしたこともあった=1982年8月、新冠のハーバー牧場で(抱っこしているのが当時1歳の娘です)

<back>

 

 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談

 大橋建一へのご意見等は、こちらから。  E-Mail : info@ken-ohashi.jp