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牟婁(むろ)

 私が生まれたのは紀伊半島南部の和歌山県東牟婁郡那智勝浦町下里という所で、その周辺には東西南北四つの「牟婁郡」がある。4郡とも元は紀伊国だが、江戸時代の紀州徳川藩の領地は、紀伊全体に加え、伊勢国南部の松阪周辺まであったため、明治維新後の廃藩置県の際に分割され、熊野川以東の北牟婁郡(尾鷲市を含む)、南牟婁郡(熊野市を含む)を三重県、以西の東牟婁郡(新宮市を含む)、西牟婁郡(田辺市を含む)を和歌山県とすることになったという。また、江戸時代の「紀伊続風土記」によれば、大化改新後の孝徳天皇の時代(645〜654)に、それまで「熊野国」だったこの地域を紀伊国に併合し、「牟婁郡」を置いたとされる。つまり「牟婁」と「熊野」は同じ地域を指す言葉である。
 「熊野」の方は「吉野熊野国立公園」「熊野三山」「熊野詣」「熊野古道」「熊野神社」「熊野水軍」などいろいろな固有名詞に登場するポピュラーな名前で、元の意味は「隈」=山や樹木の陰になって日のあたらない場所、さらにはそういう目立たない「こもる=隠る」場所、「死者の霊のこもる場所」らしい。大昔から神秘的な位置づけをされてきたようだ。
 一方、「牟婁」はこの4つの郡名以外では使われず、字も難しいし、パソコンでも「むろ」と打つだけでは変換してくれないマイナーな名前である。今の田辺市に牟婁郷があったとされ、白浜温泉が日本書紀に「牟婁温湯」と出てくるので、元は田辺・白浜周辺が牟婁で、後に熊野全体を指すようになったという説もある。意味は「神社の所在地」「周囲を山で囲まれた盆地」「岬に囲まれた入江」など諸説あるが、何かに囲まれた空間ということで、「室」と同じらしい。ではなぜ「牟婁」という難しい字を使ったのか。「牟」は「片仮名のムの下に牛」で分かるが、「婁」は「阪神の藪投手の藪から草冠と旁を取った字」とでも言わないと通じない。単なる「室」にしてくれていれば変な字を覚えなくて済んだのに。

地図

写真(熊野古道の近露王子付近を歩く母と妻)
1999年夏、熊野古道の近露王子付近を歩く母と妻


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