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にんにく

  ニンニクが食べられるようになったのはいつごろのことだったのだろう。我が家は父親がニンニク好きで、肉を焼くときは必ず使っていたし、キムチも食卓によく乗ったが、子供のころの私は好き嫌いが多く、ニンニクの香りのするものは、餃子、ラーメンでさえだめだった。しかしこれでは社会で生きてゆけない。新聞社に入ってからはみんなで焼肉や餃子など中華・韓国系料理を食べながら飲むことも多く、ニンニクみたいにさまざまな料理に使われるものが駄目だと付き合いも出来ないので、「大嫌いな椎茸を食べるよりは」と思って、いつの間にか食べるようになったようだ。
 それでもキムチにはなかなか手が出なくて、食べ始めたのは名古屋に単身赴任していた1990〜92年ごろからだ。焼肉屋でためしに手を出してみたら案外いけたので、以後はスーパーなどで買ってきて自宅でも食べるようになったし、キムチ鍋やキムチ冷麺も、大好きになるのにさほどの時間は掛からなかった。要するに食わず嫌いだったわけだ。
 駆け出し記者のとき、いま、「宮本武蔵」で再び注目されている奈良の柳生地方に忍辱山と書いて「にんにくせん」と読む地域があるのを知った。当時私は「ニンニクが取れる山」だと勝手に考え、ニンニクを漢字で書くと「忍辱」なのだと思い込んでいた。もちろんこれは大間違い。「忍辱」は仏教用語で、他人から恥を与えられてもじっと耐え忍ぶことだそうだ。ではニンニクは漢字ではどう書くか。「大蒜」だそうである。「蒜(ひる)」には元々ノビルという意味とニンニクという意味があったが、紛らわしいのでニンニクの方は「大」をつけて「大蒜」と書くようになったのだそうだ。
 昔、ある八百屋さんに「人肉あります」という札が出ていたのを目撃したことがある。いくら当て字で、分かりやすくても、これでは買う気がしない。


  
(左)ニンニクはお好きですか?
(右)奈良市忍辱山(にんにくせん)町は市の中心部から8キロほど東の山の中にある=MSNの地図より


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