I will support Ohashi For tomorrow.
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談



涙腺

 子供のころは泣き虫だった。友達と遊んでいても、よく泣かされたし、小学校でも自分の意見が通らないとすぐ泣いたりして、みんなにからかわれ、ますます泣いてしまった覚えがある。それとは直接関係ないと思うが、最近また、恥ずかしいくらい涙もろくなった。テレビドラマで泣かせ所に来ると確実に目が潤むし、恋人とか親やわが子が死ぬ場面では涙が止まらなくなることがあって、テレビを見るときはティッシュが手離せない有様だ。
 歳をとったせいで涙腺が弱くなったところも確かにあるが、考えてみると、今から32年前、まだ学生だったころ、「戦争と人間」という五味川淳平の大河小説を映画化した日活映画を見た時、第2部のクライマックス、李麗仙(だったと思う)が演じていた朝鮮人ゲリラの女性が日本軍との遭遇戦で撃たれて死に、恋人役の地井武夫が号泣するシーンで、私は涙があふれ、ついに声を上げてしゃくりあげる始末となってしまったのである。隣にいた妻は恥ずかしくなって、その後、大泣きしそうな映画には一緒に行ってくれなくなった。古い映画をテレビで見ていても、たとえば「誰がために鐘は鳴る」のラストで、足を傷めた主人公のゲーリー・クーパーが仲間を救うために一人残って敵との銃撃戦を決意する場面で、一緒に残ると言い張る恋人のイングリッド・バーグマンを「君の中に永遠に僕は生きているのだ」と説得し、逃がす場面で涙が止まらなくなったのも随分前だ。
 最近では、イラクでテロの犠牲となった奥、井ノ上両外交官の無言の帰国を伝えるニュースで、子供が泣いている写真を見ているうちに顔がくしゃくしゃになった。特に子供の話に弱くて、小学校を訪問して、6年生の歌う「さくら」(森山直太朗)を聴いていて涙腺がゆるんだり、市役所を訪ねてきた学童と話すうちに涙が出てきたこともある。
 すぐわが身に置き換えて考えてしまうのか、どうも感情移入が強すぎるようである。


両外交官の無言の帰国を伝える新聞写真。ご遺族の表情を見るだけで目がウルウルしてくる



「市長の校区トーク」で訪問した和歌山市立宮北小学校の 音楽の授業。子どもたちと一緒に「もみじ」を歌ったが、 この時も少し目が潤んでいた。


<back>

 

 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談

 大橋建一へのご意見等は、こちらから。  E-Mail : info@ken-ohashi.jp