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ランナー

 10月26日に行われた市主催の「和歌浦ベイマラソンwithジャズ(第3回ジャズマラソン)」で、2`のジョギングコースだが、久々に走った。和歌浦湾の風景と沿道で生バンドが演奏するジャズを楽しみながら走るというユニークな趣向が人気を博し、2`、3`、5`、12`のコースに、今年からハーフマラソンを加え、充実を図った結果、昨年より1000人近く多い7200人余がエントリー、大変にぎやかな大会になった。
 前にも書いたが、スポーツは全くダメなのに、長距離走だけはほぼ人並みで、中学の5`走では確か全体で14位に入ったことがあった。だが、20年余り前、毎日ジョギングしていた時に靭帯を傷め、以来走っていない。だから不安はあったが、試しに自宅近くで2`弱を2回走ったら15分程度でいけたので、「何とかなるだろう」と参加を決めた。
 誤算は大会前々日まで姉妹都市訪問でアメリカ・カナダの西海岸を訪れていて時差ぼけが直っていなかったことと、やはり姉妹都市の韓国・済州市から副市長、議長、市会議員ら10人が同じ2`を走りに来てくれたため、前夜歓迎宴があり、飲まされたことだ。私は早々に引き揚げたが、済州市の方々は2次会に誘われ10時過ぎまでやったようである。なのに、いざ走り出すと、好スタートだった私を、済州と書いたTシャツのランナーが次々抜いていく。私は後半ガクンとペースが落ち、11分ぐらい掛かって完走したが、「済州」の金寿南議員は12`を走ったあと2`に挑戦、私を抜いていったそうで、そのタフさに舌を巻いた。
 小学校同級の女性が東京から来てくれた。昔は私と同様「運動音痴」だったが、40代でマラソンを始め、今や年に数回フルマラソンを走る市民ランナーである。国内はもちろん、ボストン、ホノルルまで足を伸ばしている彼女は、今回ハーフを1時間50分で軽々完走、走り終わっても息が上がるわけでもなく、ケロッとしていた。「なせばなる」である。



私が予想外に早かった?ので、写真を取りそこなった人が多くて、走行中の写真はこの2枚しかありません



ゴールインして、めでたく完走証をもらいました


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