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十一面観音


  初めて十一面観音を見たのは今から33年前、毎日新聞の記者になって最初の赴任地・奈良支局に配属されてすぐだったと思う。奈良県中部の桜井市にある聖林寺(しょうりんじ)というお寺に8世紀、天平時代の国宝・十一面観音が安置されている。文化財に造詣の深い先輩記者が私にこれを見せてやろうと思い立ち、連れて行ってくれたのである。
 聖林寺はJRと近鉄の桜井駅から南へ2.5キロほどの山中にある。大化の改新の前に中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我氏打倒の策を練ったと伝えられる談山神社は聖林寺の南3キロ、明日香村の中心部は南西3キロという古代史の宝庫みたいなところである。
 私は一応大学で古代史を学んだことになっているが、仏像などにはあまり関心がなくて、高校の修学旅行の時に行った浄瑠璃寺や三千院、秋篠寺などの仏像が印象に残っているだけだった。だから十一面観音といわれてもイメージが沸かず、千手観音の手が顔に変わったような不気味な姿を目に浮かべたが、実際に拝んだのは優雅でスマートな観音像の頭の部分に正面、左右各3面、てっぺんと後ろに各1面の小さなお顔がある美しい像であった。
 十一面観音は中国・朝鮮経由で日本に伝わったらしく、指定文化財だけで208あり、奈良38、京都23、滋賀37の3府県に多く分布している。わが和歌山市にも紀三井寺の本尊で、開祖の唐僧為光上人自ら彫ったと伝えられる奈良時代の重文・十一面観音があるが、50年に一度しか開帳しない秘仏なので、実物を拝んだことはない。
 ところで、聖林寺の十一面観音は、元々は神仏習合の時代に桜井市北部の三輪山にある有名な大神(おおみわ)神社に併設されていた大御輪寺の本尊だったのが、明治維新後の廃仏毀釈で壊され、光背などは大破して奈良国立博物館に収められたが、本体だけは聖林寺に運ばれて助かったそうだ。波乱の「人生」を送ってきた観音さまなのである。




聖林寺とその周辺(昭文社の「ちず丸」から) 
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