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21首目


 小倉百人一首の話である。新古今集の選者の一人でもあった鎌倉時代の歌人・藤原定家(1162〜1241)が王朝時代を懐かしんで、7世紀・大化の改新の立役者天智天皇(626〜671)の「秋の田の 刈穂の庵の 苫をあらみ 我が衣手は 露に濡れつつ」から、定家と同時代の順徳院(順徳天皇=1197〜1242)の「百敷や ふるき軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり」まで、550年以上にわたる名歌を一人一首、計百首集めたといわれるのが小倉百人一首で、定家自身の歌「来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに やくやもしほの 身もこがれつゝ」も97番にちゃっかり選んでいる。
 歌番号21番「今来むと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな」の作者・素性法師は生没年不詳だが、その父・僧正遍照(816〜890)は、桓武天皇の孫で、百人一首の中でもかなり有名な12番の「天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ」の作者である。遍照・素性父子の歌は元々905年に撰上された古今和歌集に収録されているので、9世紀末の作品であるのはまちがいないはずだ。
 「すぐに来るとおっしゃったから、九月の夜長を今か今かと待ったけれども、あなたの訪れはなく、有明の月を待つことになってしまいました」という女心を歌った恋歌だが、問題は「字余り」である。百人一首の取り札は、平仮名が5字ずつ3行にレイアウトされている。和歌の下の句は「7・7」だから、1字余りがあってもはみ出すことはない。事実、この歌を除く99首はすべて15字以内に収まっている。ところが「今来むと…」の下の句は、「ありあけのつきを まちいでつるかな」だから、「8・8」なのである。
 1字オーバーは困るので、「まちいで」の「い」を省略して、(取り札には濁点が入らないから)「ありあけのつきをまちてつるかな」と統一されているが、ちょっと苦しい。

 


百人一首21番、素性法師の歌の読み札と取り札。読み札には「有明の月を 待(まち)出(い)でつるかな」とルビが振ってあるが、取り札は「ありあけのつきをまちてつるかな」である

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