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25年差


 日本では、明治以後ずっと西暦と元号が併用されてきた。戦前はこれに加えて、皇紀という年の数え方があり、小学校の国定教科書はすべて皇紀の年代で記されていた。
皇紀は皇室の紀元という意味で、日本書紀が神武天皇の即位年とする辛酉の年(西暦紀元前660年)を元年と定めたものだ。従って、史実か否かは別として西暦に660年を足すと皇紀年となる。552年の仏教伝来は皇紀1212年、今年は皇紀2664年である。1つの年を3つの紀年法で覚えなければならないから、ややこしくて困る。戦後は、皇紀が使われなくなったものの、元号と西暦の併用は今も続いており、時に混乱が生じる。
 かつては西暦一本化論もあったが、1979年に「1.元号は、政令で定める。 2.元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める」の2条からなる元号法が成立して、元号に西暦使用にはない法的根拠が生じたため、併用を続けざるを得なくなったわけだ。 新聞などは、元号は「昭和六十三年」「平成十五年」というように「十」を使う漢数字表記で記し、西暦の場合は「(一九)六三年」「(二〇)一五年」と十進法表記にして区別していたが、その後年月日などを洋数字に統一した毎日、朝日両紙の場合は、この書き分けもできない。
 昭和××年が西暦19▽▽年である時、▽▽−××=25となることは、昭和生まれ以上の人なら大体は知っているはずだ。25という数は2桁の数字の中では割合覚えやすいので、昭和と西暦の換算に手間取ることはあまりなかった。さらに、25年も差があれば「60年」と言った時に1960年か昭和60年かは、話の中身で大体分かり、まず間違えることはなかった。しかし、平成の場合は、平成12年が2000年だから、西暦との差は12年しかない。しかも12年差ということは、平成12年も2012年も同じ辰年ということになるわけだから、20〜30年もたてば確実に混乱が起きるはずである。

 


「昭和最後の日」を告げる毎日新聞夕刊東京最終版。欄外に「昭和64年(1989年)1月7日」とある。この夕刊は私が編集を担当した紙面の中でも特に思い出深いものだ

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