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8ミリ

 8ミリといえば、今では8ミリビデオのことだが、昔は8ミリフィルムを使った映画があった。扇千景元国土交通大臣が昔CMで「私にも写せます」とやっていた「マガジン ポン」のフジカシングル8のもっと前、16ミリの映画フィルムを使って、カセットテープのように半分ずつ往復2回撮影し、現像に出すと、それを縦に半分に切ってつないだ格好で戻ってくるという方式で、往復撮影するからダブル8ということになる。シングル8はそれが最初から片道の8ミリフィルムだったので、シングル8と命名されたわけだ。
 私の小学校時代、父が移民船に付き添って北米に行ったことがある。今から50年近く前のことだが、その時父は日本ではまだ珍しかったコダックの8ミリ撮影機と映写機を米国で入手し、いろいろな人を写しては自宅に招いて映写会をやっていた。私もその8ミリに魅せられて、小学6年のころ、当時テレビで人気ナンバー1だった「スーパーマン」の焼き直しバージョンを作ろうと同級生を集めて、自宅や友人の病院とか家をロケ地に撮影し、学校でクラスのみんなに見せたりしていた。高い塀を飛び越すシーンは飛び降りるところを逆回しし、空を飛ぶシーンは二重写しで景色を入れて、マントを扇風機でひらひらさせるなど、小学生の頭で考えた「特殊撮影」としては粋を尽くした作品である。
 考えてみれば、随分ませた小学生で、その後の進歩がないことに驚くが、和歌山に帰ってきて以来、当時の友人たちから「あの8ミリはどうなった」と度々尋ねられるようになった。家中ひっくり返して心当たりを探すが、家族や父の飲み会を取ったものは残っているのに、スーパーマンは見つからない。半世紀近く前で、それから何度も引っ越しを繰り返しているので、どうやら引っ越しのときに紛れて処分してしまったらしい。
 少年時代の思い出が残る幻の8ミリ。ちゃんと取って置けばよかった。誠に残念だ。

  

コダックのカメラの次に父が買った「ヤシカ」の8mm撮影機とフィルムはたくさん見つかったが、肝心の作品がない
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