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三十五次

  五十三次は知っているが、三十五次とは、といぶかしく思う方もあるだろうが、今回のテーマは東海道五十三次の35番目の宿場である愛知県豊川市の御油(ごゆ)宿である。   御油宿から次の赤坂宿(愛知県音羽町)までは1.7km程度しかなく、五十三次の中でも極端に間隔が短いが、その間に600m続く「御油の松並木」がある。この松並木は十返舎一九の「東海道中膝栗毛」で有名だ。弥次喜多が御油宿の手前まで来た時、喜多八が先の赤坂宿に泊まろうと言い出し「いい宿を取るから弥次さんは後から来なさい」と先に行ってしまう。弥次郎兵衛は御油宿で客引きを何とか振り切ったが、町外れの茶店のおばあさんから「この先の松原は悪いキツネが出て旅人衆がよく化かされる」と聞く。おっかなびっくり松並木を歩いていたら、赤坂宿に行ったはずの喜多さんが松の植わった土手に腰をかけている。弥次さん、さてはキツネが喜多さんに化けたなと思い、「喜多八そっくりだ。よく化けやがった。ちくしょうめ」と喜多さんを手ぬぐいで後ろ手に縛り上げて赤坂宿へ。途中で誤解は一応解け、縛るのはやめたが、半信半疑の弥次さんは赤坂宿で風呂を勧められても食事と酒を出されても、キツネの宿ではないかと疑い続けるという話だ。
 さて、御油のあたりには昔三河の国府があった。名鉄御油駅の一つ豊橋寄りに「国府(こう)」駅があリ、名鉄はその先で豊橋方面と豊川方面の2線に分かれる。豊川方面の終点は「豊川稲荷」駅で、稲荷社が駅から300b足らずのところにある。伏見、笠間と並ぶ日本三大稲荷の一つで、東京・赤坂の「豊川稲荷」はもちろんその「支店」である。キツネとは縁の深い土地柄であるようだ。ところで、豊川市と豊橋市を流れる川が豊川だが、市の名前は「とよかわ」で、川の名前は「とよがわ」である。豊橋市役所の西、吉田大橋の下流で豊川を渡る橋は「とよばし」である。これもキツネにつままれたような話だ。


広重の東海道五十三次「御油・旅人留女」


御油の松並木は天然記念物に指定されている

豊川市周辺地図(Yahoo Mapより)
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