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獅子(44)文六

 44だから獅子というのはいかにも安易な語呂合わせに見えるが、そうでもない。獅子文六は本名岩田豊雄、日清戦争開戦前年の明治26年生まれで、昭和前期を代表する作家の一人である。ユーモアあふれる文体で、私の父母たちの世代に絶大な人気があった。筆名はもちろん「九九」の「四四=十六」からきており、しかも「文豪(ぶんごー)より上の文六だ」という自負も込めたものだ。代表作は「悦ちゃん」(昭和12年)「てんやわんや」(23)「自由学校」(25)「娘と私」(28)「大番」(31)「箱根山」(37)など。
 「悦ちゃん」は昭和30年ごろラジオドラマ化され、三木鶏朗作曲の主題歌が懐かしい。「娘と私」はNHKテレビの朝ドラ第1作となったし、他にも映画化され大ヒットした作品が多い。「てんやわんや」「とんでもハップン」「いかれポンチ」「やっさもっさ」など流行語を数々生んだことでも知られ、「てんやわんや」は、「家族そろって歌合戦」が懐かしい漫才の獅子てんや、瀬戸わんやの芸名になった。その獅子文六は昭和44年に文化勲章を受章し、その年の暮れに76歳で死去した。獅子文六と「44」は縁が深いのである。
 獅子文六のように「九九」にちなんで芸名をつけた喜劇人が、私の知る限りでは2人いた。1人は坊屋三郎らの「あきれたぼーいず」出身で、その後渋い脇役として活躍した山茶花究(1914〜71)、もう1人は由利徹、南利明と脱線トリオを組み、人気絶頂期に交通事故で急死した八波むと志(1926〜64)である。余談だが、伊東四朗、三波伸介、戸塚睦夫の「てんぷくトリオ」は「脱線トリオ」にあやかってつけられた名前だった。
 話を急に変えるが、阪神の関本健太郎内野手は、今年は八木の後を受けて背番号3になったが、昨年までは44だった。この背番号を見て、30年前まで巨人に関本四十四(しとし)という変わった名前の投手がいて、退団の年は44をつけていたのを思い出した。

新潮文庫版「てんやわんや」の表紙
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