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 吉永小百合28本目の出演映画「キューポラのある街」は埼玉県川口市が舞台であった。私が親元を離れ、東京で高校生活を始めた 1962年に公開された話題作で、かなり鮮明に覚えている。当時の都立戸山高校はかなり左翼的な雰囲気が強く、この作品自体も主義主張のはっきりした映画だったので、学校から団体で見に行ったのではないかと思う。
 吉永小百合は川口の鋳物職人の娘で、中学3年生の「石黒ジュン」役だった。貧しい家庭に育ったが成績優秀なジュンが高校進学を目指していて、「志望は県立第一女子高です」と教師に言う場面があったのが印象に残る。東京も和歌山も公立高は男女共学だから、「えっ、いまどき県立高校が男女別学?!」と驚いたのである。それから40余年、今でも埼玉、茨城、栃木、群馬の関東北部4県と東北6県には男女別学の県立高校がたくさんある。
 東京以西のほとんどの都府県は1948年の学制改革と同時に高校を男女共学化し、和歌山では、全国6番目に設置された伝統ある和歌山高等女学校(和高女)など多くの高女が男子校との合併で事実上消滅した。和高女は卒業生がすべて70歳を超え、同窓会が引き継げず昨年で総会休止となった。他県では大半の県立高女が今も女子高あるいは単独の共学高として存続していることを、和歌山の高女卒業生は「何たる不公平」と嘆いている。
 「キューポラ」でもう一つ忘れられないのが、ジュンの弟の友だちの在日朝鮮人少年が北朝鮮への帰国運動で家族とともに北へ帰る別れのシーンである。今では考えられないが、北朝鮮を理想郷と信じていた人が当時は少なくなかった。拉致事件などさまざまな北朝鮮報道を見るにつけ、映画の話とは言え「あの一家はどうなっただろう」と思ってしまう。
 荒川を挟んで東京都北区の対岸にある川口市は、さいたま市に次ぐ県内2位、人口49
万人余の大都市に変貌し、鋳物工場が林立していた「キューポラのある街」の面影はない。


東京都北区側から荒川を挟んで見た川口市(右の鉄橋は東北線)は高層ビルが林立し、すっかり大都市風だが、市内を歩くとキューポラのある鋳物工場奄ェまだある
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