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五十音

 「あいうえお」に始まり「わゐ(う)ゑを」に至る五十音は小学校1年生の時に習う国語の基本の基本だが、この五十音について調べていくと意外なほど奥が深い。ちょっと考えると、日本語のローマ字表記が始まって母音と子音という概念が定着してから出来たのが五十音図で、それまでは「いろは」だったと思いがちだが、これは全くの誤りで、実は五十音図の原型は平安時代に作られ、「いろは歌」より少し古いというのが定説だそうだ。
 高校の国語教師である信太一郎さんという方のHP「言葉の散歩道」には、平安時代の仏教の僧侶がインドの古典語であるサンスクリットを表すために作られた梵字(デーヴァナーガリー文字)の配列にならって五十音図を作ったと書かれている。インドでは古くから音声を精密に分析する悉曇学(しったんがく)という学問が発達していたそうで、梵字をサンスクリット語の発音に従って母音と子音の要素に分解し、縦軸と横軸に配置した表が五十音図と酷似している。しかも子音の行順は、発音する時に、口の中の音を出す場所(調音点という)が奥の方の子音から順に並んでいるのも梵字そっくりなのだそうだ。カ行は「のど」、サ行は歯の上の口蓋、タ行、ナ行は歯、マ行は唇、そしてヤ行、ラ行、ワ行は半母音ということで別扱いだが、これも発声部が奥の方から順になっているという。
 問題はハ行で、今の「ハヒフへホ」の調音点はカ行に近いから、順番が違うようだが、実はハ行は戦国時代には「fafifufefo」のように発音していた。当時日本に来たポルトガル人が日本語のハ行音をFで表した記録が残っているので、これは間違いない。さらに、ハ行の濁音が「babibubebo」とされていることを考えると、もっと昔はハ行を「papipupepo」と発音していたとの説も有力だ。どの五十音図でもハ行はマ行の前にあり、調音点が唇にあることを示している。これは、五十音図の成立がかなり古いことの証明でもあるわけだ。

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