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六十谷

 六十谷と書いて「むそた」と読む。JR阪和線の駅名にもなっている和歌山市内の難読地名だ。角川書店の「和歌山県地名大辞典」によると、六十谷という地名が最初に出てくるのは、平安時代末期の1174年の文書だそうで、古い地名であることは間違いない。
 六十谷は旧海草郡有功(いさお=これも難読地名だ)村に属し、最近発刊された「有功郷土史」などによると、鎌倉幕府成立の1192年の文書に「按ずるに六十谷は墓所谷なるべし。墓所の字を忌みて同音の字に代えたるなり。(中略)村の北山麓に行基の庄三昧という一村の墓地あり……」と書かれているそうだ。「有功郷土史」は、現在の六十谷の共同墓地を昔から「三昧」、隣の溜池を三昧池と呼んでいるとし、「墓所谷」説を支持している。
 六十谷地区は紀ノ川北岸から紀泉高原まで広範囲で、高台は新興住宅地が広がるニュータウン、紀の川河岸から六十谷駅にかけては古い農家と新しい住宅が混在している。大阪方面への通勤通学者も多く、六十谷駅は阪和線の快速停車駅になっている。有吉佐和子の小説「紀ノ川」の主舞台となった農村だが、道が狭い以外に当時の面影はほとんどない。
 六十谷だけでなく、和歌山市内には難読地名が多い。雑賀(さいか)や神前(こうざき)は人名にあるので読める人が多そうだが、直川、梶取、神波、川辺、千旦、布施屋、吐前、岩橋、森小手穂、江南、頭陀寺となると難しい。正解は、のうがわ、かんどり、こうなみ、かわなべ、せんだ、ほしや、はんざき、いわせ、もりおてぼ、えな、ずだじ――である。
 15年前に転勤で住んだ名古屋も難読地名が多かった。大曾根(おおぞね)、千種(ちくさ)は濁りが常識と逆なだけだが、泥江(ひじえ)、天白(てんぱく)、八事(やごと)、尾頭(おとう)、五女子(ごにょし)、長筬(ながおさ)、志段味(しだみ)、御器所(ごきそ)、新瑞橋(あらたまばし)、吉根(きっこ)となると、知らない人にはまず読めない。


六十谷とその周辺=和歌山市観光課発行の市内観光地図の一部


六十谷地区北部の「サンシャイン紀ノ川台」ニュータウンから見た紀ノ川と六十谷地区。左端が阪和線鉄橋、右の橋が六十谷橋、その右にかすかに見えるのは紀ノ川大堰

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