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40年

 昭和40年に高校を卒業したから、今年で卒業40年ということになる。都立戸山高校の2年後輩になるリンボウ先生ことエッセイストの林望氏の本の題名ではないが、まさに「帰らぬ日遠い昔」である。いま思い出しても胸がキュンとなることが多い。
 特に私は中学3年の3学期から親元を離れて受験、戸山高に入ったので、入学当時は当然にもほとんど知り合いがいなかった。しかも当時は50人学級で1学年8クラス400人、男子300、女子100だったから、平均すると1クラスに女子が12〜13人いる勘定だが、選択科目の関係で、1年生のクラスは不運にも女子ゼロだった。中学時代のガールフレンドとも疎遠となっていた私には大変ショッキングな高校生活の始まりだった。
 自慢ではないが、惚れっぽいたちである。1年生の時は他クラスの女性に一目惚れしたし、2年生以後は女子のいるクラスだったので、周囲では次々カップルが誕生したのに、私の場合は親しい友人は何人かいたが、恋となると振られっ放しで高校時代は終わった。逆に言えば、そのお蔭で大学生時代に妻と知り合うことができたとも言えるかもしれない。
 宇多田ヒカルの母・藤圭子の「圭子の夢は夜開く」は、私が結婚した1970年のヒット曲だが、「♪15、16、17と 私の人生暗かった」という印象的な歌詞は、高校時代の思い出と二重写しである。ザ・ピーナッツ「悲しき16歳」、ニール・セダカ「素敵な16歳」、パラダイスキング「16個の角砂糖」、後の南沙織・森高千里「17才」、桜田淳子「17の夏」など16〜17歳をテーマにした曲はみんな高校時代の思い出とつながる。
 毎年7月に、都内のホテルで戸山高の全体の同窓会が盛大に開かれる。卒業40周年の今年は、われわれの年次が責任幹事となるので、多くの同期生が集まるはずである。
当時の甘酸っぱい思い出がいっぱいの懐かしい女性たちと会えるのが楽しみだ。

(上)懐かしの戸山高校旧校舎
(上左)は本部棟から東奥の天文台へ連なる2階建て校舎で、私が入学した当時は、教室に電灯もなかった。
(上右)は正門からまっすぐ東に入ったところにあった教官室、事務室などがある本部棟。(卒業アルバムから)

(右)我々にとってはうらましいような戸山高校の新校舎
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