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0=零、令、冷麺

 2年9カ月前に書き始めた「惰学記」だが、前の五十音シリーズ(番外含め52回)と、今の数字シリーズを合わせると、前回でちょうど100回になる。世間は衆院解散・総選挙で騒然としているが、それとは無関係に今回は100回記念の番外編「0」である。
 0は日本語では「ゼロ」ではなく「零」だ。漢字は、その偏、旁、冠、脚などのどれかが音を表すとともに、それぞれの意味が合わさって字の意味を形成している。「零」は冠の「雨」が、細かいものが静かに落ちることを指し、脚部の「令」は命令とか法律という意味で、転じて「厳しい」というニュアンスが生まれた。従って「零」は、降るとか落ちるという意味から、落ちぶれて厳しい状況になる、枯れる、死ぬなどの意味が生まれた。「0」を「零」で表すのも、たぶん落ちて砕けて何もなくなった状態から来たのだろう。
 「零」と同音の「冷」は、旁の「令」が音を表すと共に厳しさを意味し、偏が氷を表していて、全体で厳しい寒さや冷たい状態を示している。だから「零」と「冷」は無関係ではないという長い前置きで、今回の本題、「冷」がつく夏の食べ物、「冷麺」のことを書く。
 関西では冷麺といえば韓国冷麺や盛岡冷麺ではなくて、冷やし中華を意味するのが普通だ。冷やし中華の起源には@1937年仙台龍亭A1934年ごろ東京・神保町揚子江菜館の2説がある。私は昔から冷やし中華が大好物で、ラーメン屋さんに「冷やし中華始めました」という張り紙が出るとワクワクする。冬場でもスーパーで袋入り冷やし中華麺を買って、自分で薄焼き卵やハム、焼き豚、きゅうりなどを刻み、かに棒や紅しょうがも乗せてよく食べた。年中冷やし中華をやる店があればなあと思うが、それどころか和歌山ラーメンには「冷やし中華」というジャンルがなく、どの店も年中熱いラーメン一本槍だ。
 揚子江菜館に行ったことがあるが、椎茸がたくさん入っていて私好みではなかった。

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