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0084(オオハシ)

 語呂合わせを考える時、縁起の良い数字と悪い数字がある。昔から4と9は「死」「苦」に通じるということで嫌がられ、病院やホテルには4号室がないところも多い。数シリーズの83回だった前回はネタがなくてかなり苦しみ、語呂合わせで逃げようかとも思ったが、「破産」とか、ヤクザの「ヤーさん」など悪いイメージしか浮かばず、それも断念した。それに比べると84は「橋」に通じ、縁起が良いかどうかは別として私には縁が深い。
 さて、1990年から2年余り名古屋に、デスクとして単身赴任していたことは何度か書いたが、当時、私より先に東京から名古屋に行っていた橋本さんというデスクが、名古屋の同僚たちに「ハッシー」と呼ばれていた。そこへ私が加わったので、私のほうは「オオハッシー」と名付けられることになった。若い衆を引き連れて名古屋の飲み屋街を徘徊する「ハッシー」と「オオハッシー」の姿が当時はしばしば目撃されたものである。
 さかのぼると、大学時代は、なぜそう呼ばれるようになったかは定かでないが、「オッパシ君」とか「オッパチ」というのが私の通称で、それよりはるか昔、小中学校時代のニックネームは「オハシ」であった。これは「橋」というよりはむしろ「お箸」のイメージだったが、今でも当時の同級生の中には私を「オハシ」と呼ぶ人が何人もいる。
 急に話が変わるが、和歌山城の二の丸と西の丸の間の内堀には藩主が行き来できるように、珍しい屋根つきの橋がかかっていたことが古い絵図などで分かっていた。2000年に行われた内堀の発掘調査で、礎石など橋脚の遺構が見つかり、これらを元に「御橋廊下」と呼ばれるこの橋の復元工事が実施され、この春完成して和歌山城の新名所となっている。私が市長の時に「オハシ廊下」の復元が完成したのも何かの因縁かもしれない。
 余談だが、私の後援会の電話番号もオオハシにちなんで「0084」である。


和歌山城の新名所・内堀をまたぐ御橋廊下
演艪ェ家の母子3人をイメージして作ってくれた盆踊り用うちわデザインの背景も「橋」である
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