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第68代横綱

 春場所にちなんだ訳でもないが横綱の話である。朝青龍は初代横綱とされる江戸時代初期の明石(志賀之助)から数えて68代目の横綱である。外国人横綱としては曙、武蔵丸に次ぎ3人目だが、先の2人がハワイ出身の巨漢で、体力を生かして相手を圧倒するタイプだったのに対し、モンゴル出身の朝青龍は、春場所前は身長184cm、体重146kgで、身長は幕内力士42人中21位、体重は27位である。幕内力士の平均身長・体重は184cm、150sなので、朝青龍の身長は平均的、体重はやや軽めということになる。
 にもかかわらず朝青龍は、抜群の瞬発力と運動神経、稽古で鍛えた技の切れで九州場所まで7場所連覇を果たした。横綱昇進後、長い間「バッシング」されたのも、「伝統の国技」なのに、体格的に変わらない朝青龍に日本人力士が勝てない歯がゆさの裏返しに思える。
 ところで、歴代横綱のうち身長体重が分かる第4代以後の65人を比べると、朝青龍の身長は第23位(トップは曙の204p)、体重は22位(トップは武蔵丸の237kg)だから、かなり上位である。意外なのは大型力士と思っていた大鵬が187p、146sで、2代目貴乃花(185p、147kg)や朝青龍と余り変わらず、双葉山(178cm、134kg)、栃錦(178cm、126kg)、初代若乃花(179cm、105kg)、千代の富士(180cm、121kg)らがいずれも朝青龍よりずっと「小兵」なことである。
 考えてみると、私が子ども時代の巨漢力士といえば48貫800(183kg)の大起(おおだち)で、一番の小兵が20貫500(77kg)の大天龍だったから、当時の平均体重は約130kg程度とみられ、平均身長もせいぜい180cm足らずだったと思われる。
 今の力士はその時代よりずっと大きくなっているのに、土俵のサイズが直径4.55m(15尺)のままなのだから、力士のケガが増えるのは当然のことなのかもしれない。

 

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