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70mm

 フィルムの映像をスクリーンに投影する映画はエジソンではなくフランスのリュミエール兄弟が1895年に初公開した。それから数えて映画の歴史は111年である。その間にトーキー、カラー化、大型化という3回の大進歩があり、今DLP方式というフィルムを使わないデジタル上映への大きな転換点を迎えている。米国ではトーキーが1927年の「ジャズシンガー」で実用化され、日本も4年後に「マダムと女房」で追いつく。しかし総天然色(昔はこんな大げさな名前だった)は米国が35年の「虚栄の市」に始まるのに、日本は戦争で16年も遅れ、51年松竹の「カルメン故郷に帰る」が最初だった。
 当時、米国ではカラーは既に当たり前で、関心はワイドスクリーン化だった。52年に通常の35mmフィルムを3本一度に映写し画面を合成するシネラマ、翌53年には20世紀FOXが左右だけを圧縮する特殊レンズを使った横長2.55倍のシネマスコープを開発した。54年にはパラマウント社がライカ判カメラのように35mmフィルムを横に送り、2コマ分を1コマに使うビスタビジョン方式を始めた。24×36mm幅だから縦横比は1.5倍だが、横長感を出すため上下にマスクをして1.85倍にした。日本では57年東映の「鳳城の花嫁」がシネマスコープ方式の最初で、当時の6社のうち大映は映像の鮮明さを重視してビスタビジョンを採用したが、すぐにシネマスコープに切り替えた。
 70mmは伝統的な35mm幅のフィルムの2倍サイズのフィルムを使って撮影する方式で、ビスタビジョンと似た発想だが、1コマがもっと大きく、両端に4つの磁気サウンドトラックが塗られ、音響も良い。カメラは大きくなるが映像の粒子が細かく、ビスタビジョンのように撮影時にフィルムを横に流す不自然さもない。1コマの天地を適当に決められる利点もあり、スペクタクル作品に次々採用された。縦横比2.2ぐらいが多い。



35mmフィルム70mmフィルム、それぞれのイメージ図
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