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第74回天皇賞

 清水章吾とチワワの「クウちゃん」のCM「どうする?アイフル」でソフトなイメージを売り込んでいた消費者金融大手のアイフルが、強引な取り立てで営業停止になり、チワワまでイメージダウンとなっているが、今回登場する競馬の第74回天皇賞(1976年秋)優勝馬のアイフルは消費者金融とは全く関係ないようだ。アイフル鰍フ創業者は福田さんという人で、同社のHPによれば67年4月に個人経営の金融業を始め、78年に滑ロ高を設立、82年に商号をアイフル鰍ノ変更したとある。天皇賞馬アイフルよりかなり後にアイフル鰍ヘ誕生したわけだ。念のためアイフルの馬主も調べたが、別人だった。
 1973年から74年にかけてTBSテレビで小川真由美、丹波哲郎、谷隼人、松岡きっこらの「アイフル大作戦」という活劇調探偵ドラマが放映されたが、天皇賞馬アイフルの誕生日は71年4月16日なので、このドラマから馬名を取ったとも考えにくい。辞書にもないアイフルという言葉が「馬名」「番組名」「社名」に次々なった理由は謎である。
 さて、競馬の天皇賞は年2回、原則として春は京都競馬場、秋は東京競馬場で行われる。かつては春秋とも3200mだったが、秋は1984年から2000mに短縮された。従って第74回天皇賞はまだ距離が3200mの時代の話だ。このレースをよく覚えているのは、2着になったハーバーヤングが、私の妻の父が役員をしていた会社の持ち馬だったからで、枠連(馬連などはまだなかった)1130円の馬券を取ったように記憶している。
 優勝したアイフルは当時の数え年表記では6歳(今の表記なら5歳)だった。69年生まれのハイセイコー世代と73年生まれのテンポイント世代の谷間の世代で、父セダン、母の父リンボーという長距離血統。通算43戦12勝したが、天皇賞直後の有馬記念は2歳下のトウショウボーイ、テンポイントに敗れ3着。以後もこの世代に歯が立たなかった。


引退後、牧場でのアイフル

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