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75府県

 廃藩置県が行われたのが1871(明治4)年であることは中学の歴史で習うが、その時は江戸時代にあった300余藩がほぼそのまま府県になったので、府県数が305もあったことは余り知られていない。ちなみに今の和歌山県は和歌山、田辺、新宮の3県とされ、隣の奈良は10県、兵庫は18県、千葉は何と24の県に分かれていた。ただし、これはあくまで暫定措置で、同年11月には早くも3府72県(75府県)に再編された。
 奈良時代に始まる律令制の下では日本全国が66の国(壱岐、対馬は除く)に分かれており、明治維新後の1868年に陸奥が5国、出羽が2国に分割されて71カ国となった。この71カ国をベースに305府県が統合され、3府72県が成立したと言える。
 この3府72県が帝国憲法制定後の1890(明治23)年、第1回衆院選を前に再び再編されて3府43県となった。3府は東京、大阪、京都、43県は今の43県と基本的に同じだ。当時、北海道は直轄地扱いで、今のような「道」になったのは戦後の1947(昭和22)年である。一方、戦後は沖縄が米国の統治下に置かれ、終戦から27年後の1972(昭和47)年にようやく祖国復帰が実現し、現在の47都道府県体制が成立したことになる。つまり47都道府県体制にはわずか34年の歴史しかないのである。
 最近盛んな道州制移行論は、要するに「米国は日本の約25倍もの面積があるのに50州しかない。それに比べ日本の47都道府県は多すぎる」ということに尽きる。しかし、米国の州は都道府県とは全く違い、軍事と外交権のない国家みたいなものだ。それを単純に同一視するのは、米国式をすべて世界標準だとするアメリカ万能論に思える。都道府県と市町村の「二重行政」の改善は必要だが、道州制移行だけでは、東京圏がますます肥大化して、一極集中に拍車がかかるだけではないかという心配の方が大きいような気がする。



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