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79A.D.

 西暦紀元前をB.C.(Before Christ)で表すのに対し、ただ年号を示す数字を書けば普通は紀元後のことである。しかし、紛らわしい場合は紀元後を特にA.D.で示す。B.C.とA.D.でちょうどアルファベットのABCD4文字になるが、それは偶然のようだ。A.D.のAはBeforeの反対だから、Afterだと思っていたが、実はA.D.はAnno Dominiというラテン語の略だそうだ。Annoは年という意味で、anniversary(記念日)などの形で英語でも使われる。Dominiは主人とか主を意味し、この場合は主イエス・キリストのことだ。
 さて、西暦紀元79年8月24日、イタリア南部、ナポリの南東にあるベスビオ火山が大爆発し、ふもとの町ポンペイを大量の石と火山灰、火砕流が襲った。ポンペイはローマ時代の貴族の別荘地として栄え、当時の人口は2万人。上下水道、公衆浴場、商店、劇場、石で舗装した道路など公共施設が整い、華麗な壁画や彫刻などが随所にある文化都市だった。噴火から一昼夜で数メートルの灰が町を埋め尽くし、逃げ遅れた住民約2000人が有毒ガスや火砕流などで死亡、埋もれた町は見捨てられ、1600年余りの眠りについた。
 1709年になってベスビオ火山のふもとの村で農民が井戸掘削中に地下22メートルのところで白い大理石を見つけたことから周辺の大々的な発掘調査が始まり、1748年にポンペイ遺跡の一部が発掘された。以後260年近くたった今も発掘は行われている。
 一夜にして失われたポンペイの悲劇は小説や映画で日本人にも広く知られており、イタリア旅行でポンペイ遺跡に立ち寄り、感動する人も多い。一昨年秋、TBSが「幻の都市ポンペイはなぜ19時間で消えたのか」というドキュメンタリーを久保純子のMCで放送したが、何といっても懐かしいのは1960年のイタリアなどの合作映画「ポンペイ最後の日」である。ヒロインのクリスティーネ・カウフマンがとても清楚で美しかった。


(左)ポンペイ=発掘され保存されているポンペイ遺跡=正面がベスビオ火山
(中)ポンペイ最後の日=1960年制作のイタリアなどの合作映画「ポンペイ最後の日」の米国版DVD
(右)クリスティーネ=ポンペイ最後の日のヒロイン役を演じたクリスティーネ・カウフマン
(matsumo's Home Pageなどインターネットのホームページからいずれも借用しました)
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