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86年

 今から20年前、1986年の第37回「NHK紅白歌合戦」は歌謡界の事件史に名を残している。この年は司会者(総合司会・吉川精一、紅組・目加田頼子、白組・千田正穂各アナ)の他に、紅組・斉藤由貴、白組・加山雄三が両軍キャプテンとして司会者を補佐していた。紅組トップ荻野目洋子の「ダンシング・ヒーロー」が終わって加山が登場、白組トップの少年隊「仮面舞踏会」を紹介する時、「少年隊の仮面ライダー」と叫んでしまったのだ。世に言う「仮面ライダー事件」である。昨年、BSでの再放送をチェックした人によると、少年隊はずっこけて、東山紀之が歌いだしの早変わりに失敗し、途中で衣装の下半分がずり落ちて、次の早変わりの衣装になってしまうハプニングがあったそうだ。
 その2年前の第35回紅白は、都はるみ最後の舞台(引退後復帰)となって盛り上がったが、最後の最後に総合司会の生方恵一アナが都はるみのことを「ミソラ……」と言ってしまい、それが原因で翌年NHK退社に追い込まれる騒動が起きた。これが響いたのか、翌年の36回紅白は、視聴率(ビデオリサーチによる関東地区データ)が、35回の78.1%から一気に66.0%に大幅ダウンした。何とか視聴率を再浮上させたいNHKの思いが86年の「豪華司会陣」になったが、それが裏目に出て、加山雄三はガチガチに緊張し「仮面ライダー」となったのだろう。結局、視聴率は59.4%とさらに落ち込んだ。
 ところで、1986年といえば、白血病と戦い続け、昨年11月6日に亡くなった本田美奈子の代表曲「1986年のマリリン」がリリースされた年である。だが86年の紅白出場者名簿を見ても本田美奈子の名前はない。彼女は85年のデビュー以来20年の歌手生活で、ついに1度も紅白の舞台に上がることがなかったのである。負けん気の強い本田美奈子にとって最も心残りではなかったかと推測し、改めて彼女の無念を思うのである。

@ 1986年当時の少年隊(画像が不鮮明でごめんなさい)
A 本田美奈子(かなり最近の写真)
B 86年のNHK紅白出場者一覧=荻野目洋子も少年隊も初出場だが、本田美奈子の名前はない

 

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