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93b

 いまやTBS系のブロードキャスターの司会者と言った方が通りのいい福留功男さんの「ニューヨークへ行きたいかー!」という大声で始まるのは、かつての日本テレビ系秋の看板特番「史上最大!アメリカ横断ウルトラクイズ」である。1977年にスタートし、92年の第16回で終了したが、98年には「今世紀最後」と銘打って1度だけ復活した。
 懐かしの後楽園球場(88年から東京ドーム)に全国からクイズ好きの老若男女を集め、○×クイズを出題、100人(初回は80人)に絞って成田空港へ(初回は開港前だったので羽田)。ジャンケン(86年のみ腕相撲)による2次予選でさらに半分に絞られて日本を出発、機内のペーパークイズで10人が振り落とされ、グァム(またはサイパン)の土を踏めぬまま帰国させられる。以後は中継点ごとにさまざまなクイズで何人かずつが脱落し、最後は自由の女神像がそびえるニューヨーク・リバティー島を横目に見ながらの船上決戦(85年と98年を除く)で優勝者が決まる趣向だった。プロ野球シーズン終了後の目玉番組で、放映日、クイズ好きの我が家では毎年テレビにかじりついていた。ゴールがパリだった85年の第9回からは当時4歳だった娘もファンになって一緒に見ていた。
 フリー百科事典「ウィキペディア」によると、第1回の後楽園球場参加者は404人だったが、年々増え続け、81年に6,473人、83年には10,203人、ピークの91年は28,523人(「今世紀最後」の98年は50,453人)に達し、翌年26,121人に減って終了した。バブルの拡大とともに成長、崩壊で終わった典型的な番組といえる。
 さて、93bとは何か。1、3、9回を除き毎回の第1問のテーマに取り上げられ、ニューヨーク決戦には必ず姿を見せる「自由の女神」像の高さである。台座が47b、銅像は右手が掲げるたいまつの頂点までが46bで計93b、通天閣の展望台より2b高い。
kuji.jpg

アメリカ横断ウルトラクイズ応募者の憧れの的、
ニューヨーク・リバティー島の「自由の女神」像







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