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市民が主役

惰学記


F104

 田中角栄元総理が逮捕された1976年の「ロッキード事件」の前に、「もう一つのロッキード事件」があったことを知っている人は、今ではごく少ないのではないだろうか。
 安倍総理の祖父である岸内閣時代に、当時の航空自衛隊の主力戦闘機だったF86Fに代わる次期主力戦闘機(FX)選定が大きな政治課題となった。1958年4月にグラマン社の「F11F‐1Fスーパータイガー」にいったん内定したが、8月になって内定に至る過程に疑惑が生じ、防衛庁は機種の正式決定を見送った。すったもんだの末、翌59年6月に国防会議が先の内定を白紙撤回し、8月に源田実空幕長(真珠湾攻撃を指揮した海軍参謀、後の参院議員)を団長とする調査団が訪米、ロッキード社のF104に試乗した源田団長が性能にほれ込んだ結果、11月に国防会議はF104を次期主力戦闘機に決めたとされる。
 当時ささやかれた疑惑は、岸首相は最初グラマン選定を支持していたのに、最終局面になって一転、ロッキードのF104に決まったのは、 ロッキード側の日本商社とロッキード社から岸首相に巨額の金が渡ったためではないかというもので、山崎豊子の小説「不毛地帯」はこの疑惑を一つのエピソードとしているし、松本清張の「蒼ざめた礼服」という推理小説も航空機商戦を潜水艦商戦に置き換えているが、この事件がモデルのように思える。
 ただ、インターネットの百科事典「ウィキペディア」によると、グラマンのF11F‐1Fはマッハ1級の機体を無理にかさ上げしてマッハ2級にしているのに対し、ロッキードのF104はマッハ2の最高速度域でもエンジン推力に余裕があり、両者の性能差は明らかだったという。後の民間航空機売り込みの「ロッキード事件」でも、ロ社のトライスターの方が、ライバルのダグラスDC10より安全性が高く、性能も上だった。「ピーナッツ汚職」さえなければ、全日空の選択は決して間違っていなかったと言えるのだが……。



F104

※写真はF104Jと呼ばれる日本仕様のF104
(ホームページ「AIRBOX写真館」の「F104Jフォトギャラリー」から借用しました)



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