明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役

惰学記


107年前

 中国の排外主義結社・義和団と清国軍に北京の公使館区域を包囲され、55日間籠城状態だった日露英米独仏伊墺蘭白西の11カ国外交官と約400人の駐在武官を、1900年8月14日、蘭白西を除く8カ国連合軍の先鋒隊1500人が救出した。107年前のことである。
 山東省に発した義和団は、「扶清滅洋(清を助け西洋を滅ぼす)」を掲げて貧しい大衆を巻き込み、急速に勢いを強めた。教会を襲撃して宣教師やキリスト教徒を殺害、鉄道施設や電線、橋などを次々破壊しながら北京に進撃、20万人の勢力となって外交使節も攻撃した。北京駐在の列国公使は清国政府に鎮圧を求める一方、本国に救助部隊派遣を要請。天津から8カ国軍が出発したが、義和団の勢い押されて退却、6月11日に日本の公使館書記が、同20日には独の公使が殺された。「北清事変」「義和団の乱」と呼ばれる戦乱である。
 当時の清国は、その2年前にクーデターで光緒帝を監禁した西大后が実権を握っており、排外主義に傾いていたので、この機を外国勢力排除の好機と判断し、翌6月21日に列国に宣戦を布告。一時は天津の外国人居留地も包囲され、砲撃を受けたが、7月14日に日英仏米軍が天津城を攻略、態勢を立て直した列国軍は8月4日に北京進攻を開始した。
 1963年のハリウッド映画「北京の55日」は、この北清事変で籠城を余儀なくされた外交官や武官を描いたものだが、主演はチャールトン・へストンで、当然にも活躍の中心は米英軍となっている。だが実際に籠城武官を指揮したのは日本の柴五郎中佐(映画では伊丹十三が演じた)だった。柴は清国通で、柴を慕う多くの中国人が食糧と清軍の情報を秘かに柴へと運んだ。事変後、各国は勲章を贈り柴に感謝した。一方、西洋諸国兵は復讐心と東洋人への差別感からか、略奪と殺戮を繰り返したので、おびえた中国民衆がしばしば日本の居留地に逃げ込んだという。この時期の日本軍の質の高さを示す逸話である。

※ 加藤徹「西太后」(中公新書)と、「北清事変」「義和団の乱」に関するインターネット上の様々な資料を参考にした。なお、本文中「墺」はオーストリア、「白」はベルギーである。
(実はこの話は8月14日付でUPするつもりだったのだが、番外編や余談独談の飛び込みが入ったりして4週間遅れの掲載となった)



DVDジャケット  映画パンフレット

1963年のハリウッド映画「北京の55日」のDVD版ジャケットと映画パンフレット=チャールトン・へストンはじめデビッド・ニーブン、エバ・ガードナーら出演者はそうそうたる顔ぶれである。ブラザース・フォーのテーマ曲も大ヒットした。ロケはスペインで行ったらしい



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