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市民が主役

惰学記


108段

 108といえば、108あるといわれる人間の煩悩を除去するために全国各地の寺で年越しに撞かれる「除夜の鐘」を連想する人がほとんどだろうが、今回は除夜の鐘の話ではなく、紀州東照宮の石段の話である。紀州東照宮は、紀州徳川家の開祖となった南龍公頼宣が、駿河から移封されて2年後の1621年に、父家康公(1616年没、翌年東照大権現の神号勅賜)の威徳を偲んで建立した。地元では日光東照宮、久能山東照宮(静岡市)と並ぶ三大東照宮の一つと言っているが、現在、全国には何百かの東照宮があり、その多くが「日光、久能山と並ぶ三大東照宮の一つ」と称しているので、「三大」には大した意味はない。
 和歌山市の南西部には、織田信長を悩ませた雑賀孫市が砦を築いたといわれる秋葉山から、夕日の美しい雑賀崎にかけて小高い丘が断続しており、丘の南側は1899(明治8)年までは和歌村、1933(昭和8)年に和歌山市に編入されるまでは和歌浦町であった。紀州東照宮はその丘陵の一部、今は権現山と呼ばれる丘の南(旧和歌村側)中腹にあり、大鳥居と社務所のあるふもとから本殿まで108段の急な石段を上っていかなければならない。
 今も続く東照宮の大祭「和歌祭」は、建立の翌年から家康公の命日(旧暦4月17日)に行われるようになり、385年間継承され、今は5月の第2または第3日曜に行われている。前にも書いたが、祭の最大の見所は、本殿前から神輿を大勢の若者が担ぎ、石段からはみ出しそうになりながら、108段を駆け下りる「神輿おろし」で、12年前のNHK大河ドラマ「八代将軍吉宗」でもその映像が流れた。4年前には石段を下りた後、神輿が沿道の石灯籠にぶつかって灯篭が倒れるハプニングもあり、危険と隣り合わせの勇壮さが魅力だ。
 権現は神仏習合用語で、神道の神は仏が仮(権)の姿で日本に現れたものという意味だ。だから東照宮も仏教と無関係とは言えず、108段と煩悩の数は関係があるかもしれない。


和歌祭の「神輿おろし」

今年(07年)の5月に行われた和歌祭の「神輿おろし」



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