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九十九里浜

 「惰学記」数シリーズも回を重ねていよいよ99。100の一歩手前までやってきた。
 九十九は、「百引く一」なので、漢字の百から一を取った「白」を九十九の意味で使うことがあった。数え九十九歳を白寿と呼ぶのは知られているが、逆にお年寄りの白髪を九十九髪(つくもがみ)と表現することもある。水草のツクモ=九十九(別名フトイ=太藺)が白髪に似ているところから言うようだが、ではなぜ九十九を「ツクモ」と読むのかというと、ツクモはツグモの訛で、「百(モ)に次ぐ(ツグ)」からきたと広辞苑などには書いてある。クジュウクやツクモなど読み方は分かれるが、九十九の付く固有名詞は意外に多く、たいていは「百に近い」ということから、「たくさん」「多数」の意味で使われている。
 たとえば九十九折(つづらおり)は、いくつにも折れ曲がって続いている坂道や山道という意味だし、九十九湾(つくもわん)は石川県能登半島北東部にある屈曲が多いリアス式沈降海岸である。九十九島(くじゅうくしま)は長崎県北松浦半島の西側に点在する無数の島々(同じ字を書いて「つくもしま」と読む場所が同じ長崎県の島原半島東側にあるが、これも多数の島という意味だ)、そして前々回取り上げた九十九王子もそうである。
 では九十九里浜はどうか。千葉県外房の旭市飯岡漁港からいすみ市の九十九里岬まで4市5町1村にまたがる弧を描くような海岸線の実距離は66`で、1里=3.9`という尺貫法なら17里にしかならない。99里には程遠く、やはり単に長い浜という意味かと思うところだが、これは早計で、実は律令制時代の1里は今の6分の1の650bだった。したがって、九十九里浜の実距離を律令制の里数に換算すると、66(`)÷3.9(`)×6=101.6(里)で99里に近い。頼朝が浜の端から1里ごとに矢を立てさせたら99本目で浜が終わったので九十九里と名づけたという伝説には真実味がある。


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九十九里浜周辺地図=Yahoo地図情報より


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91年にリリースされ、ヒットしたMi-keの「想い出の九十九里浜」ジャケット=細長のCDシングルが懐かしい(本文とは関係ありません)

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