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市民が主役

惰学記


121歳

 人間の寿命の限界は何歳ぐらいなのか。121歳まであと4カ月余の1986年2月21日に死去した鹿児島県徳之島の泉重千代さんの120歳237日は、今もギネスブック認定の男性最長寿記録であり、女性の記録はフランス人のジャンヌ・カルマンさん(97年8月4日没)の122歳164日である。生年が不明確でギネスブックが認めていない人を除くと、119歳を超えた人は他には米国のサラ・クナウスさん(99年12月30日没)の119歳97日だけだ。最近では日本の皆川ヨ子さん※(114歳)が昨年8月13日に死去するまで世界最高齢とされた。よほど健康な人でも120歳前後で体のあらゆる部分が寿命となるようである。
 さて、長寿の節目となる歳(いずれも数え年である)には、それを祝う別名※※がある。61歳の「還暦」は干支が一巡りしたこと、70歳の古希は杜甫の曲江詩の「人生七十古来稀」からきているが、77歳以上の「〜寿」は、ほとんどが漢字(またはその略字)を分解して数字に当てはめたものである。77歳の喜寿は「喜」の崩し字が七十七と読めるため、80歳の傘寿は傘の略字が八と十に分解できるため、88歳の米寿は「米」が八十八を重ねたように見えるためで、90歳の卒寿は、「卒」の略字「卆」を「九十」に見立てたものだ。
 95歳の珍寿は偏が十二、造り八十三の合計、99歳の「白寿」は「白」が「百」より一少ないことによる。108歳の茶寿は草冠を廿、下の部分を八十八と見た足し算、そして111歳の皇寿は冠の「白」が九十九で、下の「王」を「一」「十」「一」に分解して、99+1+10+1=111となる。実は、111歳には「川寿」と言う別名もある。これは洋数字の111を「川」という漢字に見立てたものだが、やや安っぽい。119歳の頑寿は元の二と八、頁の百と一と八の合計、120歳の昔寿は上部を廿、下を百と見立てた。例外は81歳※※※の盤寿で、将棋盤の桝目の数9×9=81にちなんで、将棋界の長寿者を祝ったのが始まりだ。

 ※皆川ヨ子さん(福岡県)の後長寿日本一になった中野シツさん(同)は皆川さんの6日後に死去、次の豊永常代さん(高知県)は今年2月22日に、その次の山中かくさん(愛知県)は4月5日に、それぞれ113歳で死去し、現在の最長寿者は間もなく113歳を迎える沖縄県の女性(氏名未公表)となった。
 ※※60歳以下の節目の年齢にも15歳の志学、20歳の弱冠、30歳の而立、40歳の不惑、50歳の知命、60歳の耳順という異称がある。いずれも中国の古典によるもので、弱冠は禮記の「二十を弱と云い冠す」から、あとは論語が出典である。
 ※※※81歳には半寿(半を八と十と一に分解)という異称もあるが、今は盤寿が将棋以外の世界にも広がっているという。


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鹿児島県徳之島の伊仙町に立つ泉重千代翁の像
(関連HPより)
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