明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役

惰学記


122km

   国道246号線は東京の中心、皇居内堀西側の内堀通り(国道20号線)三宅坂交差点を起点に、神奈川県北部を経て静岡県沼津市の上石田交差点で国道1号線に合流するまでの全長122.7kmの国道である。語呂が良いので、全線を通して「ニヨンロク」という愛称で呼ばれるほか、三宅坂から渋谷駅前までは青山通り、その先の東急二子玉川駅あたりまでは玉川通り、神奈川県内では厚木街道とか大山街道という別称でも親しまれている。
  東京から静岡県に出る表街道は、正月の箱根駅伝のコースとなっている旧東海道で、横浜までは国道15号線(第1京浜)、その先は国道1号線が箱根を越え、静岡県三島市を経て沼津市に入るコースである。旧東海道がほぼ海沿いのルートを取っているのに対し、ニヨンロクは内陸部を抜ける形だが、箱根越えのような急勾配の難所がなく、1965年に東名高速道路建設が決まった時にも、東京−沼津間はニヨンロク沿いのルートが選ばれた。
  東京に住んでいた時、私の家からニヨンロクの三軒茶屋交差点までは2.5kmぐらいしか離れていなかったし、妻の兄夫婦が横浜市青葉区のみたけ台に住んでいたので、親戚が集まる時は、ニヨンロクをしばしば利用した。もっとも、98年に東名高速横浜青葉インターが供用開始されてからは、そちらの方がずっと便利なので、東名を使うようになった。
  しかし、何といっても懐かしいのは学生時代、まだ東名高速が全通していなかった68年夏に、父に買ってもらった中古の初代カローラに乗って友人と2人で帰省した時のことである。すでに東京−厚木間は開通していたが、もったいないので使わず、渋滞を避けて深夜に出発し、当時トラック街道と呼ばれていたニヨンロクで沼津に出て、富士−静岡と岡崎−名古屋(静岡−岡崎間は未開通)だけ東名に乗り、あとは名四国道、東名阪、名阪国道、そして国道24号線と十数時間もかけて帰ったのである。今では信じられない話だ。


地図 国道246号線の起点を示す標識

(YAHOOの地図情報を加工して使用しました)

内堀通りの三宅坂三差路に立つ国道246号線の起点を示す標識

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