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124b

  リリー・フランキーの小説や「三丁目の夕日」が火をつけたのか、それとも新タワー建設話のせいなのか、東京タワーがよく話題になる。1958年12月に完成した東京タワーは、年末には50周年を迎えるが、333bという高さは今も自立鉄塔としては世界一である。
 完成当時、私は小学校6年生で、卒業後の春休みか、中学1年の夏休みかは忘れたが、母に連れられて上京した時に、東京タワーに登りに行ったのを覚えている。新しい物好きなのである。当時はまだ地上250bの特別展望台は一般開放されておらず、地上140bの大展望台1階と2階(145b)までしか上がれなかった。オープンして間もないころだから、1階も2階もものすごい数の客がいる。窓際にはズラッと人が張り付いていて、割り込むのも容易ではない。上がる時もエレベーターで随分並ばされたが、これはいつまでたっても降りるエレベーターには乗れないぞと思えてきた。となると、いてもたってもいられない。何しろ父親譲りのせっかちである。嫌がる母の手を引っ張って「歩こうよ」とせっつき、今はフットタウンと呼ばれている下のビルまで延々と階段を降りたのである。途中から私もヘトヘトで泣きそうだったが、引き返すこともできないので下りるしかない。
 50年前だから、母もまだ30代の半ばだが、体が丈夫な方ではないし、今にして思えばハイヒールで階段を下りるのは厄介である。         六本木ミッドタウンから見た東京タワー
フットタウンのビルは地上5階だから、屋上
まで21b位の高さなので、145bから21bまで124b歩いて下りた計算である。何段あるのかは分からないが、普通のビルで1階から2階まで約4bが25段ぐらいだから、124÷4×25で約775段となる。石段で有名な金毘羅さん(香川県琴平神社)の参道入り口から本宮までが785段だから、ほぼ同じぐらいである。母が不機嫌になり、しばらくものを言わなかったのも当然だ。私にとっては、これがオカンとボクの東京タワー物語である。

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