明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役

惰学記


129人

 数シリーズの中でも、この129回には苦労した。何度かネタを考えて書いてみたが気に入らず、困り果てていた時に、日本プロ野球で現時点までに100勝以上を達成済み投手の総数が125人で、大リーグ成績も含めると、野茂英雄、吉井理人、伊良部秀輝、長谷川滋利の4人が加わり、129人となることに気づいた。「やった! 書ける」である。
 さて、日本で一番早く100勝に達したのはロシア人のビクトル・スタルヒンである。ペナントレースが始まった1936年は登板4試合で1勝だけだったが、翌年以後28勝、33勝、42勝を挙げ、実質3年で100勝を突破した。スタルヒンの一家はロシア革命後に日本に亡命、彼が旭川中学3年生だった1934年、米大リーグ選抜チームが来日し、対戦する全日本チームが編成されることになり、中学で野球の才能を発揮していたスタルヒンは引き抜かれ、その後巨人に入団、エースとして活躍した。戦前だけで199勝を挙げたが、戦後は巨人を離れてさまざまな球団を転々とし、46年に通算200勝、55年に通算300勝にそれぞれ一番乗りし、同年303勝で引退。そのわずか2年後に40歳で交通事故死した。
 100勝投手は129人いても、名球会入りの資格とされる200勝以上を記録した投手は野茂を含めわずか24人しかいない*。一方、打者の名球会入会資格である2000本安打達成者は米大リーグに行ってから到達したイチロー、松井秀喜の2人を含め39人である。
 2000本安打達成者が200勝投手より1.5倍以上も多いということは、裏返せば名球会資格が打者有利にできているということである。バランスを考えると、投手の資格を170〜180勝ぐらいに下げるか、あるいはセーブを0.8勝にカウントして勝数に加えるなどして条件を緩和すべきだろう。ちなみに180勝だと34人、170勝なら39人が達成しているし、セーブを0.8勝とすれば31人が「200勝」となる(いずれも野茂を含む)計算である。

*2008年7月28日現在で、中日の山本昌広(登録名=山本昌)投手(8月11日で43歳)が通算199勝に達し、25人目の200勝に王手をかけている。



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