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市民が主役

惰学記


国道131号線*

 国道131号線は東京都大田区の第一京浜(国道15号線)大森警察署前が起点で、警察署を挟む三差路を都心方面から見て左に進み、大鳥居から左折して東に向かい、穴守橋を渡って羽田空港構内に入り右折南下、天空橋駅近くが終点となる。大鳥居までは「産業道路」、左折してから終点までは「環八通り」の一部で、総延長3.6kmの短い国道である。
 どういうわけか、国道番号が131号線と近い国道には距離の短い国道が集中しており、130号線は東京都港区の日の出桟橋税関芝浦出張所前の海岸通りを起点に、首都高速羽田線、JR東海道本線をくぐって第一京浜(国道15号線)芝4交差点までの470mという都内最短国道で、132号線は川崎市の川崎港千鳥橋から川崎区役所までの4.5km、133号線は横浜市の開港公園がある神奈川県庁前交差点から馬車道を経て国道16号線桜木町1丁目交差点までの1.4kmである。しかし、130号線より短い国内最短国道は神戸にある174号線で、神戸港神戸税関南から国道2号線神戸税関前交差点まで、わずか187.1mである。
 別表の短い国道ベスト10を見ると、いずれも主要国道から港や空港への取り付け道路という共通点があり、距離は短いが物流にとって重要な路線で、通行量が多いようだ。
 さて、今から41年近く前の1967年10月8日、大学生だった私は、前後期の間の試験休みを利用して単身北海道旅行に出かけた。羽田空港から飛行機で飛び立った私の目に飛び込んできたのは、空港西側の海老取川にかかる131号線の穴守橋、そのすぐ南の稲荷橋、最南端の弁天橋の3橋を埋めた大勢のヘルメット角材姿の学生と機動隊の大規模な衝突だった。当日は当時の佐藤首相が南ベトナム訪問に出発する日で、そのころ全盛だった3派全学連と革マル派学生らが訪問阻止を掲げて空港突入を図り、弁天橋上では京大生の山崎博昭君が死亡する惨事が起きていたのである。私はそれを尻目に旅に出たのだった。

 *国道ナンバーを数シリーズでタイトルに使うのは、地元の26号線に次いで2度目(米国の「ルート66」を含めると3回目)だが、ご容赦いただきたい。


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