明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役

惰学記


134人

 1928年に始まったアカデミー賞80年の歴史で、主演・助演賞を獲得した女優の数を数えたら計134人だった。主演女優賞は68年に2人が同時受賞*しているので、延べ81人が受賞、一方、助演賞は1936年スタートで、受賞者は延べ72人である。合わせて153人になるが、主演賞4回のキャサリン・ヘプバーンと主演2回、助演1回のイングリッド・バーグマン、他に2回受賞者**が14人いるので、153−14−3−2=134人となる。
 今回の話は最多受賞者のキャサリンではなく、もう一人のヘプバーン、1953年の主演女優賞、「ローマの休日」のオードリー・ヘプバーンである。日本公開は翌54年で、私は洋画好きの母に連れられて築地通りの旧ビブレの所にあった日の丸劇場でこの映画を見た。
 この当時はテレビがまだほとんど普及しておらず、映画全盛時代だった。和歌山市内にも、ぶらくり丁周辺の築映(松竹)、帝国座(東宝)、国際劇場(大映)はじめ10館ぐらいの映画館がひしめきあっていた。当時私は母のお供で「クォ・ヴァディス」「哀愁」など小学生に分かるわけがない映画を観た。帰りに通りを隔てた向かいの富士アイスでオムライスとか、コロッケ、時にはエビフライをご馳走してもらえるので付き合ったようだ。
 さて「ローマの休日」である。まだ小学2年生だったが、いくつかの場面を断片的に覚えている。ローマの大使館を抜け出したアン王女(オードリー)と出会った新聞記者ジョー(グレゴリー・ペック)が「真実の口」に手をかまれたふりをして王女を驚かす場面、遊覧船でのダンスパーティー、ラストの記者会見……。中でも、遊覧船での大立ち回りで、王女が楽団員のギターを振るって秘密警察の黒服集団を殴りつけ、ジョーが雇ったカメラマン(エディ・アルバート)が「もう1回」と注文、王女がこれに応じるシーンを大笑いしながら観たのが忘れられない。オードリーはこの1作でスターダムを駆け上がった。

 *68年の主演女優賞は「冬のライオン」のキャサリン・ヘプバーン(3度目)と「ファニー・ガール」のバーブラ・ストライサンドが同点で2人受賞となった。
 **2度受賞の14人は(1)ルイーゼ・ライナー=36、37主演(2)ベティ・デイビス=35、38主演(3)オリビア・デ・ハビランド=46、49主演(4)ビビアン・リー=39、51主演(5)シェリー・ウィンタース=59、65助演(6)エリザベス・テイラー=60、66主演(7)グレンダ・ジャクソン=70、73主演(8)ジェーン・フォンダ=71、77主演(9)メリル・ストリープ=79助演、82主演(10)サリー・フィールド=79、84主演(11)ジョディ・フォスター=88、91年主演(12)ジェシカ・ラング=82助演、94主演(13)ダイアン・ウィースト=86、94助演(14)ヒラリー・スワンク=99、04主演(=以下の数字は受賞年)。キャサリン・ヘプバーンの主演4回は33、67、68、81年。イングリッド・バーグマンは主演が44、56年、助演が74年である。

「ローマの休日」のDVDジャケット(少し前に買った500円の特価版である)
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