明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役

惰学記


137cm

 正確には137.2cmである。と書いただけで鉄道の軌道幅の話と思う人は相当な鉄道ファンである。日本の線路幅に新幹線などが採用している143.5cmの標準軌*と、JR在来線などの狭軌(106.7cm)の2通りがあることは知られているが、これ以外に76.2cmの「軽便軌道**」や今回取り上げる137.2cmの「馬車軌道」があるのは余り知られていない。
 馬車軌道は、明治初期の鉄道馬車路線を引き継いだ東京の都電(当時は市電)が採用した軌道幅で、現在残っている唯一の都電路線である荒川線(早稲田―三ノ輪橋)と、三軒茶屋―下高井戸間の東急世田谷線(元々路面電車の東急玉川線=1969年廃線=の支線だった)、そして京王電鉄の京王線(新宿―京王八王寺・橋本・高尾山口)、京王線に相互乗り入れする都営地下鉄新宿線(新宿―本八幡)および函館市営の路面電車が使用している。
 では京王線はなぜ馬車軌道なのか。実は京王線は1963(昭和38)年4月に新宿駅地下ホームが完成するまでは、新宿西口周辺では甲州街道を走る「路面電車」だったのである。
 さらにさかのぼると、1913(大正2年)の創業当時は「京王電気軌道」で、笹塚―調布間の軌道線として免許を取得、137.2cm幅を採用したのである。同社は都電へ乗り入れる構想で2年後に新宿まで延長されたが、様々な事情で結局乗り入れは実現しなかった。
 同社の悲願が都営地下鉄新宿線との相互乗り入れという形で実現したのは創業から67年後の80(昭和55)年のことだ。この時、都交通局は京王側に143.5cmの標準軌に改軌するよう求めた***が、京王は工事中の輸送力低下による乗客への影響が大きすぎるとして拒否、結局都が折れて新宿線を137.2cm幅とした。このため都営地下鉄は新宿線が馬車軌道、三田線が他線との乗り入れの関係で狭軌、浅草線と大江戸線が標準軌と路線ごとにバラバラ状態になった。それにしても車体が狭く窮屈な大江戸線が標準軌なのは不思議だ。

 *新幹線の軌道幅は日本では広軌と呼ぶことが多いが、国際的には標準軌で、143.5cmを超える幅を広軌と呼ぶようだ。
 **軽便軌道で現存する営業線は三重県北西地方を走る近鉄内部・八王子線と、近鉄から引き継がれた三岐鉄道北勢線、それと黒部峡谷鉄道だけである。
 ***都営浅草線と相互乗り入れする京急は1933年までは馬車軌道だったが、改軌して標準軌となった。都営浅草線は京急に合わせて標準軌で建設され、東側で相互乗り入れする京成は1959年秋に改軌工事を行い、従来の馬車軌道から標準軌になった。都交通局はその前例があったので最初は京王側に改軌を強く求めたようだ。

京王線笹塚駅ホームから西に伸びる線路。この軌道幅が137.2cmである
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