明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談

市民が主役

惰学記


『いちご白書』をもう一度

 歌シリーズの記念すべき第1回「いろは」の「い」は、「『いちご白書』をもう一度」である。予想は当たったでしょうか? 1975年8月、フォークグループのバンバン(ボーカル・ばんばひろふみ)がリリースしたこの曲は、オリコンチャートで6週連続1位を獲得した名曲で、作詞・作曲者は、まだ結婚前のユーミン(荒井由実)であった。ちなみに、彼女はこの曲でシンガー・ソングライターの地位を確立し、10月に出した「あの日にかえりたい」が自身の歌唱曲として初めてオリコン1位に輝いた。そして12月にアレンジャーの松任谷正隆と婚約、1年後にゴールインして「松任谷由実」になったわけである。
 60年代末から70年代前半の大学キャンパスは、どこも紛争の嵐が吹き荒れた。日本だけではなく欧米でもスチューデントパワーが政治を揺るがせており、それを取り上げたのが70年の米映画「いちご白書」で、今で言うニューシネマ風の硬派映画だったそうだ。
 紛争盛んな学園生活時に一緒に観た「いちご白書」の再上映を知り、別れた彼女への思いを歌うというこの曲のミソは2番の歌詞の半ばの「就職が決まって 髪を切ってきた時 もう若くないさと 君に言い訳したね」という部分である。あの当時の若いサラリーマンの多くが「自分もそうだったなあ」と郷愁と共感を抱く歌詞が大ヒットの原因だろう。
 バンバンは77年に解散、馬場弘文(本名)はその後ソロ歌手として活動し、79年の「SACHIKO」などのヒット曲を出す一方、司会やディスクジョッキーとしても活躍した。
 馬場は77年2月に「ビューティフル・ヨコハマ」「真夏の出来事」「フレンズ」などのヒットで知られる黄色い服と鼻声がトレードマークの歌手平山みきと結婚したが、05年に28年近い夫婦生活に終止符を打った。彼は今も平山を思って「君もみるだろうか『いちご白書』を 二人だけのメモリー どこかでもう一度」と歌い続けているのだろうか?

<注>「い」で始まる曲名は数多い。代表的なものを挙げると、粋な別れ(石原裕次郎)、いい日旅立ち、イミテーション・ゴールド(山口百恵)、異邦人(久保田早紀)、祝い酒(坂本冬美)、石狩挽歌(北原ミレイ)、いっそセレナーデ(井上陽水)、恋(いと)しさとせつなさと心強さと(篠原良子)、イムジン河(フォーク・クルセダーズ)、一剣(氷川きよし)、言えないよ(郷ひろみ)、いとしのエリー(サザン・オールスターズ)、今さらジロー、漁火恋唄(小柳ルミ子)、妹(かぐや姫)、命くれない(瀬川瑛子)、今はもうだれも(アリス)、いつまでもいつまでも(サベージ)、いつまでもどこまでも(スパイダーズ)、犬のおまわりさん(童謡)などだ。あえて「いちご白書…」を選んだのに深い意味はない。
※なお、「居酒屋」(五木ひろし、木の実ナナ)など旧仮名遣いでは「ゐ」で始まる曲名は除外した。

<back>
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談

 大橋建一へのご意見等は、こちらから。  E-Mail : info@ken-ohashi.jp url