明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役

惰学記


走れコウタロー

 私がまだ学生だった1970年にソルティー・シュガーの「走れコウタロー」がリリースされた。法律では学生は競馬をやってはいけないことになっているが、そのころ友人に競馬通も多く、私も競馬場や場外によく出入りしていた。当時絶大な人気だった美濃部都知事の口マネが入ったコミックな歌詞が大受けで、このジャンルの曲としては「帰ってきたヨッパライ」(67年)以来の大ヒットとなった。バンド名ソルティー・シュガーはメンバーの一人佐藤敏夫をもじった「砂糖と塩」から、また「コウタロー」の名はこれもメンバーの一人で後に「岬めぐり」をヒットさせ、活躍した山本厚太郎から取ったものである。
 ところで、余り知られていないが、中央競馬で実際に活躍したコウタローという馬がいた。1960年生まれ、5冠馬シンザンの1年先輩の関西馬で、父はシンザンと同じヒンドスタン、3歳から7歳(現在の2〜6歳)まで66戦15勝という立派な戦績を持つ馬である。ただ、現在のGTのような大レースに弱く、重賞勝ちは3つ(阪神3歳S、愛知杯、阪神大賞典)だけ、重賞や特別レース以外のオープンといわれる一般レースで勝ち星を稼ぐ典型的な「オープン大将」だった。コウタローのオープンでの勝数は10を数えるが、シンザンと一緒に走った唯一のレースではイチミカドの4着(シンザンは2着)に終わっている。
 中央競馬・地方競馬で走った過去の競走馬と現役馬合わせて2863頭のデータベースを持つ「優駿達の蹄跡」というHPによると、中央競馬だけで60戦以上走ったサラブレッドは32頭しかなく、海外や地方での成績やアラブ馬を加えても過去に134頭*だそうである。
 コウタローの66戦は「優駿達の蹄跡」に出ている2863頭中69位だが、中央競馬のサラブレッドでは14位である。上位には99戦のヤマニンバリメラはじめ、ミスタートウジン、イナボレス、サンエムキング、ノボルトウコウら懐かしの「走る労働者」がズラリ並ぶ。

 *ハルウララやエリザベスクイーンのように未勝利のまま100戦以上走った馬は除外した。
<注>タイトルが「は」で始まる曲は、それこそいくらでもある。代表的なものは、函館本線(山川豊)、母に捧げるバラード(海援隊)、ハイティーン・ブギ(近藤真彦)、ハローグッバイ(柏原芳恵)、花笠道中(美空ひばり)、花笠音頭(民謡)、ハナミズキ(一青窈)、春咲小紅(矢野顕子)、箱根八里の半次郎(氷川きよし)、箱根八里(唱歌)、橋(北島三郎)、春一番(キャンディーズ)、花の首飾り(タイガース)、ハッピーサマーウェディング(モーニング娘。)、花(石嶺聡子など)、花から花へと(島津ゆたか)、春よ、来い(松任谷由実)、ハイそれまでよ(植木等)、ハートのイヤリング(松田聖子)、花嫁(クライマックス)、晴れたらいいね(ドリカム)、春が来た(童謡)、埴生の宿、花の街、花のまわりで(唱歌)などだ。


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