明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役

惰学記


バン・バン・バン

 「トボケた顔してババンバン」で始まる「バン・バン・バン」という曲は、今では和製GS(グループサウンズ)の代表的な曲とされているが、元は「ザ・スパイダーズ」が1967年10月に出した13枚目のシングル「いつまでもどこまでも」のB面ソングだった。
 A面の「いつまでもどこまでも」は「どこまでもどこまでも 僕の後から 悲しそうに見上げないで 涙を拭いて」と歌い出すバラードで、そこそこヒットしたものの、「夕陽が泣いている」「あの時君は若かった」「なんとなくなんとなく」「風が泣いている」などの大ヒット曲に比べると印象がもう一つで、私も今回調べるまでは忘れていた曲だった。
 スパイダーズは現田辺エージェンシー社長の田邊昭知が1961年に結成したGSの草分け的存在だが、何度かメンバーを入れ替えて65年に田邊、かまやつひろし(ムッシュかまやつ)、堺正章、井上順、大野克夫、井上堯之、加藤充の7人で「フリフリ」(かまやつ作曲)をリリースし、メジャーデビューした。「フリフリ」も「いつまでもどこまでも」も、かまやつの作曲で、「バン・バン・バン」は、作詞作曲ともかまやつが担当している。
 かまやつの父ティーブ釜萢は日系米国人2世で、1930年代に日本に渡り、戦前からジャズ・ミュージシャンとして活躍していた。ティーブが日本人女性と結婚して1939年に生まれたのがかまやつひろしで、高校時代からバンドで活躍、日劇ウェスタン・カーニバルには1959年の第2回から出演している。山下敬二郎、平尾昌晃、ミッキー・カーチスの「ロカビリー3人男」は有名だが、水原弘、井上ひろし、守屋浩、かまやつひろしの4人も「3人ひろし」*として入れ替わり立ち代わりテレビや舞台に出ていた。今思えばいい加減な話だ。ロカビリー人気が終わって一時姿を見なかったムッシュがスパイダーズのメンバーとして登場した時はびっくりしたが、後で森山良子が従妹と聞いてますます驚いた。

 *3人ひろし=4人の「ひろし」うち、どの3人がオリジナルなのかがはっきりしない。ある資料には水原、井上、かまやつの3人でスタートするはずが、守屋(本名・邦彦)が敢えて芸名を「浩」としてデビューし、割り込んだため、かまやつがはみ出したとあるが、私が中学時代にテレビで見たときは井上、守屋、かまやつの3人で出ていた。いろいろな組み合わせが存在したようだ。
<注>曲名が「ば」で始まる歌=バイバイ(里田まいwith合田兄妹)、バイバイ。(相川七瀬)、磐越西線(狩人)、番屋(神野美伽)、バビエ(森山良子)、バラ色の未来(森昌子)、バンザイ〜好きでよかった(ウルフルズ)、バラが咲いた(マイク真木)、バラ色の雲(ヴィレッジ・シンガーズ)、バラの恋人(ワイルド・ワンズ)、薔薇の鎖(西城秀樹)、バス・ストップ(平浩二)などで、マイナーな歌が多い。なお、ButterflyとかBye Bye、Birthdayなどで始まる英語のタイトルのものは除外した。

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