明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役

惰学記


飛んでイスタンブール

 「飛んでイスタンブール」といえば庄野真代である。彼女は1976年5月に「ジョーの肖像」でデビュー、翌年ユーミンの「中央フリーウェー*1」を歌ってテレビにも度々登場するようになった。「飛んで〜」は5枚目のシングルで、78年4月にリリースされ、オリコン3位のヒットとなった。続く「モンテカルロで乾杯」「マスカレード」も当時のニューミュージックブームに乗って売れ、同年の紅白歌合戦にも「飛んで〜」で出場している。
 庄野真代はその後も、自ら作詞作曲した名曲「アデュー」(79年)や「Hey Lady優しくなれるかい」(80年)でそこそこのヒットを出すなどコンスタントに活動を続け、90年代には逸見政孝、徳光和夫、三宅裕司らが司会した土曜夜の人気番組「夜も一生懸命」「夜もヒッパレ」の準レギュラーとして、数々のヒット曲を見事にカバーして聞かせた。
 ところで、和歌山県とトルコは1890(明治23)年9月に串本町大島・樫野埼沖で起きたオスマントルコの軍艦エルトゥールル号遭難事件(横浜からトルコに戻る途中、台風で沈没し、乗員658人中死者・不明589人という大惨事になった)で、生存者69人を串本の人たちが命がけで救ったことが縁となって長きにわたって友好関係を築いてきた。来年で事件から120年となることから、昨年夏にはトルコの大統領が串本を訪れ、年末からはトルコ海底考古学研究所のメンバーが遺品引き揚げに当たるなど、最近は交流が活発である。
 トルコと言えばイスタンブールである。庄野真代は「飛んでイスタンブール」のおかげで昨年もトルコにチャリティコンサートに出掛ける結びつきができたが、さらに「トルコつながり」で和歌山とも縁ができ、「熊野古道ランドマークソング奇跡の森」というアルバムを出し、昨年は串本でコンサートも行った。和歌山市でも昨年11月23日の「城フェスタ」最終日にミニコンサートを城内西の丸広場で開催、ハスキーな美声は今も健在だ。

*1 「中央フリーウェー」はユーミンが自身で作詞作曲し、荒井由実時代最後のアルバム「14番目の月」(76年11月20日発売)に収録した。庄野真代はこの曲をカバーし、シングル曲として半年後にリリースし、同じ年にハイファイセットもこの曲をアルバムに収録している。なお、中央自動車道は有料だから「フリーウェイ」ではなく、ユーミンの歌詞は間違っているとの説があるが、旺文社の新英和中辞典によると、free-wayは「高速道路」とあるだけで有料無料とは無関係な概念のようだ。


<曲名が「と」で始まる歌>吐息でネット(南野陽子)、東京(マイペース)、東京アンナ(大津美子)、東京音頭(小唄勝太郎)、東京キッド(美空ひばり)、東京行進曲(佐藤千夜子)、東京午前3時(フランク永井)、東京五輪音頭(三波春夫)、東京砂漠(クールファイブ)、東京だよおっ母さん(島倉千代子)、東京ドドンパ娘(渡辺マリ)、東京の花売り娘(岡晴夫)、東京のバスガール(コロムビアローズ)、東京の人(三浦幸一)、東京の女(ザ・ピーナッツ)、東京の灯よいつまでも(新川二郎)、東京ブギウギ(笠置シズ子)、東京ブルース(西田佐知子)、東京物語(森進一)、東京ラプソディー(藤山一郎)、東京ララバイ(中原理恵)、逃避行(麻生よう子)、透明人間(ピンクレディー)、遠い世界に(五つの赤い風船)、遠くへ行きたい(ジェリー藤尾)、とうりゃんせ(童謡)、時をかける少女(原田知世)、時には母のない子のように(カルメン・マキ)、時には娼婦のように(黒沢年男)、時の足音、永遠にともに(コブクロ)、時の過ぎゆくままに(沢田研二)、年上の女(森進一)、としごろ(山口百恵)、年下の男の子(キャンディーズ)、鳥取砂丘(水森かおり)、となりのトトロ(アニメ主題歌)、ともしび(ロシア民謡)、トロイカ(ダークダックス)、トワイライト(中森明菜)、トンコ節(久保幸江)――等々、とっても多いです。





昨年11月、庄野真代さんは和歌山放送ラジオまつりのゲストとして番組に出演、私もその時隣に座らせていただき、同じ番組に出た。彼女はこのあとミニライブで「飛んでイスタンブール」をはじめ何曲か歌ってくれた
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