明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役

惰学記


ちいさな恋

 天地真理は1971年7月にTBSテレビのドラマ「時間ですよ」第2シリーズでデビュー、その年10月にドラマの挿入歌だった「水色の恋」をレコード発売し、一躍スターダムに駆け上がった。「ちいさな恋」は翌年2月リリースの2曲目のシングルで、オリコン1位を獲得、以後「ひとりじゃないの」「虹をわたって」、1曲飛んで*「若葉のささやき」「恋する夏の日」の計5曲が1位になっている。71年4月デビューの小柳ルミ子、7月デビューの南沙織とともに「新3人娘」と呼ばれ、70年代前半の歌謡界スーパーアイドルだった。
 「ちいさな恋」は他の4つの1位曲に比べ、やや印象が薄い感じだが、安井かずみ・浜口庫之助という大物コンビの作詞作曲で、さわやかな名曲だ。歌いだしが「たまに会えない日もあるけど」で、さわりが「ちょっと恐いの恋かしら 赤い夕陽が今沈む」と聞けば思い出す人も多いはずだ。あのころの天地真理は本当にお人形さんのように可愛かった。
 「白雪姫」と呼ばれた全盛期の天地真理は、TBSで毎週木曜午後7時半から30分の「真理ちゃんシリーズ」(「真理ちゃんとデート」「となりの真理ちゃん」「とび出せ!真理ちゃん」「アタック!真理ちゃん」「はばたけ!真理ちゃん」)を72年秋から75年春まで3年半続けたほか、キャラクターグッズが多数登場するなど、子どもたちに絶大な人気があった。
 彼女の陰りは74年末に急に訪れた。それまで「空いっぱいの幸せ」「恋人たちの港」「恋と海とTシャツと」「想い出のセレナーデ」と1位は取れないまでも、順調にヒットが続いたが、「想い出の……」に次ぐ失恋ソング第2弾の「木枯らしの舗道」(74年12月)が不発で、以後急激に失速、実質活躍時期は3年半という短命に終わった。南沙織と小柳ルミ子が78年までコンスタントに小ヒットを出した(小柳は83年に「お久しぶりね」で復活も果たした)のと比べ、天地真理は絶頂期が華々しかった分、凋落も早かったようだ。

*「虹をわたって」と「若葉のささやき」の間でリリースされた「ふたりの日曜日」は「女のみち」「喝采」に阻まれ、3位どまりだった。ちなみに小柳ルミ子は「わたしの城下町」「瀬戸の花嫁」「京のにわか雨」「冬の駅」の4曲で1位を獲得、南沙織はデビュー曲「17才」の2位が最高だったので、3人の中では5曲で1位の天地真理が最も売れっ子だったのは確かだ。


<曲名が「ち」で始まる歌>ちいさい秋みつけた(唱歌)、小さな日記(フォーセインツ)、チェリー(スピッツ)、チェリーブラッサム(松田聖子)、誓い(ゴスペラーズ)、ちぎれた愛(西城秀樹)、千曲川(五木ひろし)、地上の星(中島みゆき)、ちっぽけな感傷(山口百恵)、ちゃっきり節(民謡)、茶摘(童謡)、チャペルに続く白い道(西郷輝彦)、チャンピオン(アリス)、チャコの海岸物語(サザン・オールスターズ)、チャンチキおけさ(三波春夫)、中央フリーウェイ(庄野真代ほか)、中学三年生(森昌子)、中国地方の子守唄(唱歌)、朝刊(グレープ)、ちょこっとLOVE(プッチモニ)――など、思ったより多い。




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