明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役

惰学記


リンゴの唄

 「リンゴの唄」は日本が第二次大戦に敗れた直後の1945年10月10日に公開された松竹映画「そよかぜ」の主題歌である。映画の主演に抜擢された並木路子(当時24歳)が霧島昇とデュエットで歌って46年1月に発売、戦後日本歌謡界最初の大ヒットとなった。
 並木は松竹少女歌劇団出身で、1942年に「世界隣組」という、いかにも戦時下らしい曲で歌手デビューした。45年3月10日の東京大空襲で逃げ惑う途中、隅田川で母が溺死する不幸に見舞われた*1が、本人は負傷しながらも生き長らえ、戦後一躍スターとなった。
 映画はごくありきたりの「スター誕生」もので、劇場の照明係のヒロインが楽団員らに励まされ、歌手デビューを果たすという物語だ。映画初出演の並木路子の相手役は、楽団員役が上原謙、佐野周二ら、歌手役が二葉あき子、霧島昇ら当時の大物スター*2である。
 映画の中では、ヒロイン並木路子が、恋心を寄せていた佐野周二の何気ない言葉に傷ついて、りんご農家である実家に帰ってしまう。そして、りんご畑で一人寂しく「リンゴの唄」を歌うという設定になっているが、レコードは、映画にも出た霧島昇とのデュエットとなっていた。「この曲は必ず当たる」と思った霧島昇が強引にデュエットを希望したらしく、スタッフは当時コロムビアの看板歌手だった霧島の要求を断れなかったようだ。
 作詞はサトウハチローで、作曲は万城目正。戦時中に作られた歌詞だが、「軟弱だ」という理由で検閲を通らず、戦争が終わって日の目を見た。明るいメロディーが、焼け野原の中から立ち上がろうとしていた人々の心に触れ、誰もが口ずさむ爆発的ヒットとなった。
 私は懐メロ番組で歌う60歳代以後の並木路子しか知らないが、目鼻立ちのしっかりとした美しい女性だった。95年の阪神淡路大震災の時、被災地を訪れ、この歌を歌った時、「焼け跡に再び『リンゴの唄』が流れた」との見出しで報じられた。名見出しである。

<インターネット百科事典「ウィキペディア」の記述を大いに参考にしました>
*1 並木路子(1921〜2001)は大戦で母を亡くしただけでなく、父と次兄は乗艦船を撃沈されて戦死、また初恋の人が特攻隊出撃で戦死している。
*2 上原謙、佐野周二はともに戦中戦後の二枚目スター、ご存知の通り上原は加山雄三の、佐野は関口宏の父である。二葉あき子と霧島昇も当時のスター歌手だ。戦争が終わってわずかしかたっていないこの時期に、こんな映画ができたことは素晴らしいことだと思う。



※「り」で始まる曲名の歌は当然ながら少ない。リバイバル(中島みゆき)、リンダ(アン・ルイス)、リフレインが叫んでる(ユーミン)、リバーサイドホテル(井上陽水)、リゾ・ラバ(爆風スランプ)、リ・ボ・ン(堀ちえみ)、リンゴ追分(美空ひばり)、リンゴのひとりごと(唱歌)ぐらいなので、英語題名だがおまけでReason(玉置成実)を入れておく。玉置成実はわが和歌山市出身なのでご容赦いただきたい。




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