明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役

惰学記


ぬれて大阪

 タイトルが「ぬ」で始まる曲はほとんどない。曲名を50音別で検索できる「パソカラホーダイ」というインターネットサイトがあるが、「ぬ」には3曲しかエントリーされていない。英語では「NEW」という語の発音がほとんど「ヌー」なので、今回は苦し紛れにライザ・ミネリの「New York! New York」にしようかと迷ったが、結局この歌にした。
 「ぬれて大阪」は秋庭豊とアローナイツの曲である。アローナイツといえば最も有名なのは、前川清+内山田浩とクールファイブと競作になった「中ノ島ブルース」(1975年)だが、おなじみインターネット百科事典ウィキペディアによると、この曲は元々その2年前の73年に、当時札幌でクラブ歌手をしていたアローナイツが自主制作盤としてリリースしたのがオリジナルで、その歌詞は不明だが、すべて札幌が舞台になっているという。
 さて、秋庭豊とアローナイツは秋庭豊、山本厚、升沢義男、後藤直樹、小笠原勇次郎、木下あきらの6人でスタートした歌謡コーラスグループである。90年にリーダーの秋庭が44歳の若さで死去し、解散状態となったが、ボーカルの木下は今もソロで活動している。CDを聴くと、木下はムード歌謡のボーカルらしくない浪曲風のちょっと固い声が特徴で、イメージとしては「ぴんから兄弟」の宮史郎のような声というのが近いかもしれない。
 この手のムード歌謡は、普通カラオケで歌詞のテロップが出て、演奏が流れると、曲を知らなくても次のメロディーが予測できるものだが、「ぬれて大阪」は木下のド演歌のような節回しから始まり、予想外のメロディーラインで曲が続くので、ちょっと驚かされる。
大阪を歌った曲は多く、ウィキペディアには大阪府のご当地ソングとして186曲がリストアップされている(和歌山県は実質8曲)が、この中に「ぬれて大阪」は入っていない。私が記憶しているのは30曲足らず*2で、150曲以上が知らない曲なのに、残念である。

*1 同種のHP「J-Lyric」には54曲挙げられているが、知っている曲はほとんどない。
*2 ぬれて大阪は山口洋子作詞、徳久広司作曲で、そこそこヒットした曲である。大阪のご当地ソングで、ヒットしたと私が認知しているのは以下の25曲だ。(順不同)野崎小唄(東海林太郎)、道頓堀行進曲(内海一郎ほか)、買物ブギ(笠置シズ子)、こいさんのラブコール、大阪ろまん、大阪ぐらし(フランク永井)、月の法善寺横丁(藤島桓夫)、王将(村田英雄)、お百度こいさん(和田弘とマヒナスターズ)、たそがれの御堂筋(坂本スミ子)、雨の御堂筋(欧陽菲菲)、世界の国からこんにちは(三波春夫ほか)、国際線待合室(青江三奈)、大阪の女(ザ・ピーナッツ)、大阪ラプソディー(海原千里・万里)、大阪しぐれ(都はるみ)、ふたりの大阪(都はるみ&宮崎雅)、浪花恋しぐれ(都はるみ&岡千秋)、大阪で生まれた女(BORO)、河内のオッサンの唄(ミス花子)、悲しい色やね(上田正樹)、大阪暮色(桂銀淑)、ボクたち大阪の子供やでェ(西岡たかし)、夫婦みち(河合美智子)、河内おとこ節(中村美律子)、面影の都(氷川きよし)






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