明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役

惰学記


<番外>悲しき〜〜

 「が」の後で申し訳ないが、今回は「か」の番外編を書く。60年代を中心とするアメリカン・ポップスの和題に「悲しき」で始まる曲名があまりに多いことを思い出したからである。
 「悲しき」ブームの先駆けは、1960年にザ・ピーナッツがヒットさせた「悲しき16才」である。この曲は前年米国でリリースされたケーシー・リンデン*1の「グッバイ・ジミー・グッバイ」という曲のB面で、原題は「Heartaches at sweet sixteen」すなわち「16歳のせつな心」といった感じの題名である。それを「悲しき16才」というタイトルで出したら、日本ではA面よりB面がヒットし、ザ・ピーナッツがカバーして歌うことになったのである。
 「悲しき〜」タイトル乱発*2のきっかけは、多分この曲のヒットだろう。あるホームページの記述*3によると、和題が「悲しき〜」で始まる洋楽曲は120以上あるそうだ。ただし、1964年以後にヒットした曲*4はわずかで、アニマルズの「悲しき願い」(65年)、ショッキング・ブルーの「悲しき鉄道員」(68年)、メリー・ホプキン「悲しき天使」(69年)程度だ。
 ところが、「悲しき16才」と同じ60年*5には、ジョニー・プレストン「悲しきインディアン」、スティーブ・ローレンス「悲しき足音」、トルコの曲のカバーといわれる「悲しき60歳」。61年*6にはデル・シャノン「悲しき街角」、ヘレン・シャピロの「悲しき片思い」、ジョニー・ディアフィールドの「悲しき少年兵」、62年*7にはパット・ブーン「悲しき女学生」、ニール・セダカ「悲しきクラウン」、カスケーズ「悲しき雨音」、63年*8はパット・ブーン「悲しきカンガルー」、プレスリー「悲しき悪魔」と、毎年多数の「悲しき〜」がヒットした。
 不思議なことに、日本の演歌、歌謡曲で「悲しき」のつく曲は、戦争直後の奈良光枝「悲しき竹笛」(47年)と美空ひばりの「悲しき口笛」(49年)ぐらいしかない*9。60年代前半の限られた時期に、洋楽にばかり「悲しき〜」というタイトルが流行したのか、謎である。

*1 彼女の名前の綴りはKathy Lindenなので、キャシー(またはキャティー)・リンデンのはずだが、当時はケーシー・リンデンと言われた。「グッバイ・ジミー・グッバイ」は米国でヒットしたが、「悲しき16才」は全く知られていない。
*2 和題が「悲しき」で始まるこの時期の曲の原題のほとんどは「悲しき」とは関係がない。曲の雰囲気から言って「<悲しき>とつけてもいいかな」という程度が大半で、悲しくもなんともない曲もある。
*3 ボビ−津藤さんという北海道のFMパーソナリティーの「胸キュンポップス」というホームページにそのように書いてあり、75曲ぐらいがリストアップされている。
*4 アニマルズは「朝日のあたる家」で有名。「悲しき願い」(原題Don't Let Me Be Misunderstood)は「誰のせいでもありゃしない みんなおいらが悪いのか」という歌詞で尾藤イサオがカバーした曲が印象に残っている。ショッキング・ブルーはオランダ出身のロック・バンドで、長山洋子がポップス歌手時代にカバーした「Venus」が有名。「悲しき鉄道員」(原題Never Marry A Railroad Man)もテンポの良い曲で、聞けば「あれか」と思い出すメロディーである。メリー・ホプキンは英国の歌手。18歳の時、ポール・マッカートニーのプロデュースでデビューした。デビュー曲の「悲しき天使」(原題Those Were the Days)がヒットし、日本では森山良子がカバーした。
*5 インディアンという言葉は最近はアメリカ先住民と言い換えられているが、当時日本では平気で使われていた。「悲しきインディアン」(原題Running Bear)は対立する部族の男女の恋という、アメリカ先住民版ロミオとジュリエットの悲劇を歌った曲だ。ちなみに2005年11月に東京で開かれた私の友人たちのオジさんバンド「Fifties」のコンサートで私はこの歌をソロで歌わせてもらった。「悲しき足音」(原題Footsteps)は「Footsteps」という歌詞の繰り返しが印象に残る。「悲しき60歳」はタイトルが「悲しき16才」のパロディーで、坂本九&ダニー飯田とパラダイス・キングの大ヒット曲だ。作詞家だった青島幸男がトルコのヒット曲「ムスターファ」を訳詞したとされているが、実はメロディーに青島が勝手な詞を付けたということらしい。
*6 「悲しき街角」(原題Runaway)は飯田久彦のカバーがよく知られている。「悲しき片思い」(原題You don’t know)は弘田三枝子はじめ多くの歌手がカバーした名曲で「ウォーウ ウォウ ウォ オー イェイ イェイ イェイ イェー」という歌い出しが懐かしい。「悲しき少年兵」は「悲しき16才」同様米国では全く無名の曲だが、原題がLonely Soldier Boyで、「悲しき」という感じに最も近い。
*7 「悲しき女学生」(原題Blue Bobby Socks)はパット・ブーンらしいバラード。「悲しきクラウン」(原題King Of Clowns)は、ニール・セダカらしい高音が聞かせどころで、日本では木の実ナナが歌っていたのを覚えている。「悲しき雨音」(原題Rhythm Of The Rain)は、雷鳴から始まるイントロが印象的だった。
*8 63年の「悲しきカンガルー」(原題Tie Me Kangaroo Down Sport)は元々ロルフ・ハリスというオーストラリアの歌手が57年に自国でヒットさせた曲だが、この年パットブーンがカバーして有名になった。「悲しき悪魔」は原題が「(You’re The)Devil In Disguise」で、他にも「悲しき」とは違うイメージの曲は多いが、とりわけ隔たりのある1曲だと言える。
*9 「悲しい酒」「悲しみが止まらない」など「悲しい」「悲しみ」でタイトルが始まる曲はたくさんあるが、「悲しき」という文語体を使う題名は極端に少ない。







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