明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談

市民が主役

惰学記


与作

 「与作は木を切る ヘイヘイホー ヘイヘイホー」で始まる「与作」は北島三郎の歌というイメージが強いが、最初に歌ったのは、今では作曲家として名高い弦哲也だった。弦は本名田村正稔、76年に内藤國男の「おゆき」で作曲家デビュー、以来20年以上もヒット曲を生み続けている*が、65年、18歳で歌手デビューしており、元々ギターが得意な歌手だった。芸名の「弦」はギターの弦で、徹夜で考えたので「哲也」とつけたという。
 NHKテレビの日曜午前11時台に、1963年から85年まで22年余も続いた「あなたのメロディー」という番組があった。素人が自分で作詞作曲した作品を譜面で公募し、毎週数点を選び、番組でプロの歌手が歌う。これを高木東六ら審査員が批評しアンコール曲(優秀曲)を選び、選ばれた作品をさらに絞り込んで年間コンテストにエントリー、毎年1回NHKホールで行う年間コンテストの場でその年の最優秀作が決まる仕組みだった。
 この番組からは、他にトワ・エ・モアの「空よ」や後に「みんなのうた」の人気曲となった「コンピューターおばあちゃん」などが誕生したが、インターネット百科事典「ウィキペディア」などで調べても、「与作」がいつ「あなたのメロディー」で発表されたのかははっきりしない。ただし北島三郎のシングルがリリースされたのが1978年3月25日なので、おそらく77年末か78年初頭ごろだったと思われる。作詞作曲はギタリストの七澤公典という人で、「あなたのメロディー」でこれを歌ったのが弦哲也だった。弦はこの番組の制作に関係しており、その縁で歌ったようだが、結局北島三郎に曲を取られてしまった。
 78年といえばキャンディーズ解散の年で、ピンクレディーの全盛期だった。山口百恵の「プレイバックPartU」が大ヒット、この曲で彼女が紅白歌合戦の紅組のトリを務めた。北島三郎は「与作」で16回目の紅白出場を果たし、翌年の紅白でも「与作」を歌った。

* 弦哲也の代表曲は、「おゆき」のほか、石原裕次郎「北の旅人」、川中美幸「ふたり酒」「二輪草」、石川さゆり「天城越え」「夫婦善哉」、晴山さおり「1円玉の旅がらす」、河合美智子「夫婦みち」、水森かおり「熊野古道」「五能線」「安芸の宮島」、都はるみ「千年の古都」「枯木灘残照」、坂本冬美「紀ノ川」などがある。



<曲名が「よ」で始まる歌>夜明けのうた(岸洋子、坂本九)、夜明けのスキャット(由紀さおり)、夜明けの停車場(石橋正次)、夜明けのMEW(小泉今日子)、ヨイトマケの唄(美輪明宏)、妖精の詩(アグネス・チャン)、夜が明けたら(浅川マキ)、夜霧に消えたチャコ、夜霧の第二国道(フランク永井)、夜霧のブルース(ディック・ミネ)、夜霧の慕情、夜霧よ今夜もありがとう(石原裕次郎)、横須賀ストーリー(山口百恵)、横浜いれぶん(木之内みどり)、よこはまたそがれ、夜空(五木ひろし)、夜桜お七(坂本冬美)、よせばいいのに(ハッピー&ブルー)、夜空を仰いで(加山雄三)、夜空のムコウ(SMAP)、四つのお願い(ちあきなおみ)、嫁に来ないか(新沼謙治)、夜と朝のあいだに(ピーター)、夜の銀狐(斉条史朗)



<back>
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談

 大橋建一へのご意見等は、こちらから。  E-Mail : info@ken-ohashi.jp url