明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役

惰学記


ねむの木の子守歌

 天皇・皇后両陛下の第2子・秋篠宮文仁殿下は1965年11月30日生まれだが、この時、殿下の誕生を記念して、「ねむの木の子守歌」という曲が作られた。詩は、皇后・美智子さまが高校生時代に書かれたもの*1で、これに作曲家の山本正美さん(ユニークな指揮者として有名だった故山本直純さんの妻)が曲をつけて、素晴らしい子守歌が出来たのである。
 この曲は、その優しいメロディーと、皇太子妃殿下御製の曲ということで評判になり、翌1966年にレコードが発売され、そこそこのヒット曲となった。従って当時の多くの人々が、この曲を聴くと今も「ああ懐かしい。いい曲だ」という思いに駆られるはずである。
 さて、この曲のレコードを出したのは誰か。私は梓みちよの曲と記憶していたが、それでは50点の正解で、実はあの吉永小百合もほぼ同時期にリリースしており、競作だった。今のイメージから言うと吉永小百合の方がこの歌にふさわしく思えるが、当時の梓みちよは1963年の「こんにちは赤ちゃん」で国民的大スターになっており、64年には東京・目白の椿山荘で開かれた学習院初等科同窓会に招かれ、昭和天皇の前で「こんにちは赤ちゃん」を歌っていた。そうした縁もあって「ねむの木」を歌うことになったと思われる。彼女が「二人でお酒を」で大変身を遂げるのはそれから8年後の74年である。
 調べてみると、美智子さまは肢体不自由児事業奨励のために、66年2月に「ねむの木の子守歌」の著作権を日本肢体不自由児協会に賜与されたのだそうだ。多分、キング、ビクター両社からレコード化の希望があり、それを受けて協会に著作権を譲ったのだと思う。
 昨年3月に、ニュージーランドの世界的歌姫・ヘイリーが、「ねむの木の子守歌」とコブクロの「蕾」をカップリングでリリース、シングル盤としては43年ぶりの発売ということで話題を呼んだ。2曲を含むアルバム*2も出ており、素晴らしい高音の魅力が堪能できる。

*1 ねむの木の子守歌の歌詞は以下の通りである。
 @  そっとゆすったその枝に ねんねのねむの木 眠りの木 
    遠い昔の 夜の調べ ねんねの ねむの木 子守歌
 A  薄紅(うすくれない)の 花の咲く ねむの木陰で ふと聞いた 
    小さなささやき ねむの声 ねんね ねんねと 歌ってた
 B  故里(ふるさと)の夜の ねむの木は 今日も歌って いるでしょか
    あの日の夜の ささやきを ねむの木 ねんねの木 子守歌



<曲名が「ね」で始まる歌> ねえ!気がついてよ(桜田淳子)、ねえ!ムーミン(藤田淑子)、ネオン川(バーブ佐竹)、ねじれたハートで(桃井かおり・来生たかお)、寝た子も起きる子守歌(とんねるず)、熱風(石川秀美)、狙い撃ち(山本リンダ)、ネイビーブルー(伊東ゆかり)



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