明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談

市民が主役

惰学記


田舎のバス*1

 今や芸能界の大長老となった中村メイコはかつて天才子役といわれ、芸歴は73年に及ぶ。最近では一昨年のNHK大河ドラマの「篤姫」で、和宮降嫁のお付きとして江戸に下る庭田嗣子役で、公家の出の意地悪な女性を演じるなど、NHKとは今もつながりが深い。
 1934年5月生まれ*2の彼女は、3歳で東宝配給のエノケン=榎本健一の映画「江戸っ子健ちゃん」に出演し、映画デビュー。終戦直後まで10年余は子役としてエノケンや森繁久弥と共演していたというが、さすがに私もそのころのことは知らない。私が初めて彼女を知ったのは、たぶんNHKラジオの子供向け番組「お姉さんと一緒」だから、1955(昭和30)年ごろのことである。当時彼女は売れっ子の女優であり声優であり、歌手だった。
 「七色の声を使い分ける」と言われ、「お姉さんと一緒」では、ラジオの特性を生かして1人4役をこなしていた。同じ年に封切られた(古い言葉である)松竹映画「ママ横を向いて」では、青春真っただ中の女性を演じ、同名の主題歌も歌っていた。この主題歌を作詞したのが、その2年後に彼女と結婚する神津善行*3で、1964年の江利チエミのヒット曲「新妻に捧げる歌」はメイコが作詞、神津が作曲し、結婚披露宴の定番ソングとなった。
 さて「田舎のバス」はやはり1955年に中村メイコが歌って大ヒットした。「田舎のバスはオンボロ車 タイヤは接ぎだらけ窓は閉まらない それでもお客さん 我慢をしているよ それは私が美人だから 田舎のバスはオンボロ車 デコボコ道をガタゴト走る」と今でも歌詞がスラスラ出てくる。作詞・作曲はCMソングを大量に作った三木鶏郎*4で、効果音を巧みに使い、歌よりずっと長い田舎っぽいセリフも入るコミカルソングである。
 なお彼女は紅白歌合戦の紅組司会者を1959年から61年まで3回連続で勤めた(白組はこの3回とも高橋圭三)が、歌手としては「田舎のバス」でも出ておらず、出場ゼロだ。

*1 田舎は旧仮名遣いでは「ゐなか」なので、「ゐ」の回にこの曲を登場させた。「井戸」「藺草」「居合」「威儀」「遺言」「委細」「猪首」「堰=いせき」「韋駄天」「位牌」「院号」などが「ゐ」で始まる。
 「ゐ」で始まる曲名を探したが、ヒット曲と言えるのはこの「田舎のバス」と「居酒屋」(五木ひろし、木の実ナナ)だけだった。
*2 メイコの本名は五月で、芸名も本名も誕生月から来ている。長女神津カンナ、二女はづき(俳優・杉本哲太夫人)もそれぞれ10月、6月生まれで、誕生月から名前が付けられている。
*3 神津善行は1932年1月生まれ、1957年11月にメイコと結婚し、既に金婚式を過ぎている。
*4 三木鶏郎(1914〜1994)は船橋ヘルスセンター、ミツワ石鹸、明るいナショナル、ジンジン仁丹、ルル、キリンレモン、牛乳石鹸、京阪、近鉄、南海各電鉄などのCMソングがある。







<back>
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談

 大橋建一へのご意見等は、こちらから。  E-Mail : info@ken-ohashi.jp url