明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役

惰学記


熊野古道

 水森かおりが2006年にリリースした「熊野古道」は、オリコン初登場総合5位を記録し、和歌山を歌ったご当地ソングとしては久々というか、空前のヒットとなった。この曲を挟んで04年の「釧路湿原」、05年の「五能線」、07年の「ひとり薩摩路」、08年の「輪島朝市」、09年の「安芸の宮島」まで6曲連続のチャートインを果たした。女性演歌歌手としては空前の快挙*1で、さすが「ご当地ソングの女王」といわれるだけのことはある。
 残念なことに、和歌山のご当地ソングで全国に知られている曲は少なく、1968年の初レコーディング以来40年以上も歌い継がれてきた「和歌山ブルース」を別格とすると、鳥羽一郎の「熊野灘」(1988年)、「徐福夢男」(94年)、香西かおり「潮岬情話」(2003年)、都はるみの「枯木灘残照」(05年)、そして坂本冬美「紀ノ川」(08年)くらいしかない。和歌山ブルースを含めそれらの曲も、かなり紀州に関心がある人か歌謡曲通でないと「聞いたことがない」と言われるのが関の山で、「熊野古道」はその意味でも大変なヒットだ。
 水森かおりも最初からご当地ソング専門だったのではない。95年のデビュー曲「おしろい花」から98年の「かりそめの花」までは花のつく曲が多く、99年10月の「竜飛岬」が初めての地名入り曲名だった*2。この路線が当たって、「尾道水道」「東尋坊」と着実に評価を高め、03年の「鳥取砂丘」でメジャーな演歌歌手と認められるようになったのである。
 なお、彼女のご当地ソングはほとんど弦哲也作曲なので、曲想がよく似ており、イントロや間奏を聞いていると、どの曲か分からないことがある。和歌山放送パーソナリティーの小田川和彦さんによれば、木下龍太郎作詞*3の「熊野古道」の特徴は、「♪熊野古道〜」という部分以外の歌詞に、地名も熊野らしい風物も登場しないところだという。確かに古道を思わせる言葉は、木の根道、石畳、杉の木立、峠越えぐらいしか歌詞に出てこない。

*1 インターネット百科事典ウィキペディアによると、女性演歌歌手のシングル盤オリコン総合ランキング初登場連続トップ10入りは、城之内早苗と藤あや子の2作連続が過去最高で、水森かおりの6曲連続は飛び抜けた記録である。
*2 以後のシングルでご当地ソングでないのは01年8月の「心う・ら・は・ら」だけである。なお、「おしろい花」と「かりそめの花」の間の3曲は「よりそい花」(96年5月)、「北夜行」(97年1月)、「いのち花」(97年8月)である。
*3 「東尋坊」以後のシングルはすべて弦哲也作曲、「鳥取砂丘」から「輪島朝市」までは作詞がすべて木下龍太郎である。木下龍太郎のご当地ソングはおしなべてキーワード以外に地域を示す言葉が少ない傾向があるが、中でも「熊野古道」はその傾向が最も著しい。



<タイトルが「く」で始まる曲で有名なのはさほど多くない。以下に挙げたのが主なものだ>
クラシック(JUDY&MARY)、クリスマス・イブ(山下達郎)、くちなしの花(渡哲也)、くちびるから媚薬(工藤静香)、くやしいけれど幸せよ(奥村チヨ)、くるみ(Mr.Chirldren)、くるみ割り人形(石川ひとみ)、九月の雨(太田裕美)、九段の母(二葉百合子)、空港(テレサ・テン)、釧路湿原(水森かおり)、釧路の夜(美川憲一)、雲にのりたい(黛ジュン)、狂った果実(石原裕次郎)、車屋さん(美空ひばり)、狂わせたいの(山本リンダ)、黒猫のタンゴ(皆川おさむ)、黒田節(民謡)、草津節(民謡)、串本節(民謡)




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