明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
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市民が主役

惰学記


約束

 雪村いづみの「約束」の話である*1。彼女は1937年生まれ*2で、同じ年生まれの美空ひばり、江利チエミとともに「三人娘」として、戦後歌謡界最初のアイドルとなった。チエミが82年に45歳で孤独死し、ひばりが89年に病に侵され52歳で早世したが、彼女は間もなく74歳の今も元気で、最近は持ち歌に加え、ひばりとチエミの歌も歌い続けている。
 いづみは1953年、16歳でレコードデビュー、歯切れの良い高音でアメリカンポップスのカバー曲を主に歌い、「想い出のワルツ」「青いカナリア」「マンボ・イタリアノ」「オー・マイパパ」「遥かなる山の呼び声」「チャチャチャは素晴らしい」など軽快なヒット曲を次々リリースした。また、1950年代後半には東宝映画のスターとして、「青い山脈」「山と川のある町」などに主演しており、ひばり、チエミとも「ジャンケン娘」などで共演した。
 さて、「約束」は彼女が26歳だった1964年1月の大阪労音リサイタルの時に発表された6分50秒近い大作である。当時のシングル盤に収録しきれず、新たな技術を導入してレコード化された*3。作詞は「希望」「若者たち」の藤田敏雄、作曲は「11PM」「ゲバゲバ90分」「世界まるごとHOWマッチ」など大橋巨泉の番組で音楽を担当した前田憲男だった。
 「痛烈な反戦歌」とされるが、私の理解は違う。歌詞*4は、主人公である「ぼく」の独白で進む。パパに「病気のママが死んでも泣くんじゃないぞ。約束してくれ」と諭されたが、自分の命より「ぼく」を心配する病床のママの涙を見て、神様、ママを殺さないでと祈った。だが思いもむなしくママは「ぼく」の手を握り締めてこの世を去った。「ぼく」は約束を守れずやっぱり泣いた――と進み、次のようにどんでん返しで衝撃的に終わる。
 だけど「ぼく」は男さ。その翌年、戦争でパパが死んだと聞いた時、涙をこらえた。「ぼく」は約束を守った――これは反戦というより、父への複雑な思いを歌ったように思える。

*1 「約束」というタイトルの歌は数多い。J-Lyricというカラオケ曲を題名で検索できるHPには、下のリストに挙げた渡辺徹のほか、Kiroroや小林幸子、竹内まりやなど59曲の「約束」が挙げられている。
*2 雪村いづみ、江利チエミ、美空ひばりはともに1937年生まれの丑年だが、チエミが1月、いづみが3月(20日)の早生まれなのに対し、ひばりは5月生まれで、学年は1年下である。
*3 この部分を始め、今回の記述のいくつかの点は、インターネット百科事典ウィキペディアを参考にしている。
*4 「雪村いづみ 約束」で検索するとhttp://emzu-2cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-92e2.html <雪村いづみの「約束」:エムズの片割れ>――など、多くのHPに「約束」の歌詞すべてが掲載されている。また「約束」を歌う雪村いづみの動画サイトもたくさんあるので、ぜひご覧ください。


<曲名が「や」で始まる歌>野球小僧(灰田勝彦)、やぎさんゆうびん(童謡)、八木節、安来節(民謡)、矢切の渡し(ちあきなおみ、細川たかし)、約束(渡辺徹)、やさしい悪魔(キャンディーズ)、やさしく愛して(プレスリー)、やさしく歌って(ロバータ・フラック)、やさしさに包まれたなら(ユーミン)、椰子の実(唱歌)、やすらぎ(黒沢年男)、ヤッターマンの歌(アニメ主題歌)、やつらの足音のバラード(ちのはじめ)、宿無し(ツイスト)、柳ヶ瀬ブルース(美川憲一)、やぶさかでない(とんねるず)、山男の歌(ダーク・ダックス)、やまぐちさんちのツトムくん(南らんぼう)、山小舎の灯(近江俊郎)、ヤマトナデシコ七変化(小泉今日子)、ヤマトより愛をこめて(沢田研二)、山のけむり(伊藤久男)、山の吊橋(春日八郎)、山のロザリア(スリー・グレイセス)



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