明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談

市民が主役

惰学記


番外・高校三年生

 「こ」で始まる国民的歌謡曲「高校三年生」を無視するのもいかがなものかと思い、番外編を書く。「高校三年生」は文化庁などが選んだ日本の歌百選*1にも入った曲で、口ずさんだことのない人はいないのではないかと思うほどだ。舟木一夫が学生服姿で歌ったデビュー曲(丘灯至夫作詞、遠藤実作曲)で、発売されたのは1963年である。これに続いて出された「修学旅行」「学園広場」を合わせて「学園3部作」と呼ばれ、舟木一夫はこの3曲でトップスターの仲間入りした。当時私は高校3年生より「1年後輩」の2年生だった。
 さて、私が通っていた東京都立戸山高校はJR山手線の高田馬場駅から南東に徒歩で12〜13分程の明治通り沿いにあり、隣は学習院女子大と同中高等科である。09年6月に東京メトロ副都心線西早稲田駅*2が開業し、便利になった。早稲田大学本部の約1km西南西の一帯は今でこそ戸山公園と呼ばれ、大東京のオアシスだが、戦前は戸山ケ原と呼ばれる人里離れた原っぱで、陸軍の戸山学校や、悪名高い731部隊と関係が深い陸軍軍医学校などがあった。戸山高がこの地に移って来たのは戦後で、前身の府立四中は市谷にあった。
 新宿区観光協会の「新宿史跡・文化財散策マップ」などによると、公園一帯は、江戸時代には尾張徳川藩の広大な下屋敷だった。面積は東京ドーム9個分に当たる約45万u、国内の名勝のミニチュアを配した「回遊式築山泉水庭園」で、庭内に東海道の25景が形づくられていたという。その1つが「東京23区最高峰」として今も形を残す「箱根山」(標高44.6m)である。「天下の嶮」と歌われた本物を模した山で、戸山高の南東、直線距離なら400mほどにあり、生徒の憩いの場だった。昼休みに頂上まで足を運んで弁当を食べるカップルもいて、うらやましかった私は2階教室から眺めた記憶がある*3。授業をサボって箱根山にいる生徒も何度か見たが、当時私は真面目な高校生だったので、やったことはない。

*1 06〜07年にかけて文化庁と日本PTA全国協議会が、長く歌い継ぎたい童謡・唱歌・歌謡曲を選出したもので、百選と銘打っているが選ばれた101曲で、惰学記数シリーズ番外「日本の歌101選」に詳しく書いたことがある。
*2 副都心線は埼玉県和光市と渋谷を結ぶ東京メトロ路線で、池袋―渋谷間は東京の地下鉄では一番最近に開通した。明治通りの下を走っており、西早稲田駅は戸山高のすぐそばにできた。
*3 今は木々が生い茂っていて、校舎から箱根山を見ることはできないようだ。


 ※前回、「こ」で始まる歌のうち、「恋」で始まるものだけを分離して掲載したので、「番外編」では、その他の「こ」で始まる曲を載せる。
 こいさんのラブコール、公園の手品師(フランク永井)、高原の駅よさようなら(小畑実)、高原のお嬢さん(舟木一夫)、高原列車は行く(岡本敦郎)、恍惚のブルース(青江三奈)、黄砂に吹かれて(工藤静香)、コーヒーショップで(あべ静江)、氷の世界、心もよう(井上陽水)、木枯しに抱かれて(小泉今日子)、ここに幸あり(大津美子)、ここにしか咲かない花(コブクロ)、心凍らせて(高山厳)、心の旅(チューリップ)、心の窓に灯を(ザ・ピーナッツ)、湖愁(松島アキラ)、古城(三橋美智也)、個人授業(フィンガー5)、秋桜(山口百恵)、コスモス街道(狩人)、国境の町(東海林太郎)、言葉にできない(オフコース)、この空を飛べたら(加藤登紀子)、この広い野原いっぱい(森山良子)、この世の花(島倉千代子)、湖畔の宿(高峰三枝子)、コバルトの季節の中で(沢田研二)、困っちゃうナ(山本リンダ)、コモエスタ赤坂(ロス・インディオス)



町の真ん中とは思えないほど木々が茂る新宿区戸山公園にある『箱根山』付近。登り口を示す標識にはっきり『箱根山』と記されている(白枠内は頂上にある標高44.6mを示す石標

<back>
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談

 大橋建一へのご意見等は、こちらから。  E-Mail : info@ken-ohashi.jp url