明日 I will support Ohashi For tomorrow. 大橋健一
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談

市民が主役

惰学記


思秋期

 「思秋期」は岩崎宏美の代表曲の一つである。岩崎宏美は「花の中3トリオ」と言われた森昌子、桜田淳子、山口百恵と同学年で、彼女らと同じく日本テレビの「スター誕生」出身だが、オーディション合格は2〜3年遅く、百恵らがアイドルとして「中3トリオ」と呼ばれるようになった1974年の夏だった。ただし、岩崎宏美は「スター誕生」の審査員も務めた松田トシ*1に中学入学時から歌のレッスンを受けており、実力を高く評価されていたというから、満を持してのスタ誕応募で、合格は約束されていたものだったようだ。
 75年のデビュー曲「二重唱(デュエット)」はオリコン19位に終わったが、伸びやかな高音の響きと歌唱力で評価は高かった。そして2枚目の「ロマンス」で早くも1位を獲得、3枚目の「センチメンタル」も1位となり、翌76年の選抜高校野球行進曲*2に選ばれた。
 「思秋期」は、デビューから2年半、77年9月にリリースされた11枚目のシングルで、作詞はデビュー曲以来のコンビである阿久悠だが、作曲は三木たかしが*3担当し、彼女のシングルでは初めてのバラードである。タイトルは、もちろん「思春期」をもじって阿久悠が考え出した造語だが、曲のイメージにぴったりで、オリコンは6位止まりだったが、その年のレコード大賞歌唱賞を獲得した。宏美自身がこの歌詞に感動して、何度も泣いて歌えず、レコーディングが延期になったという話が残っている。彼女は「オジさん年齢の人がなぜ自分の生活や心情が分かるのか不思議だった」と語り*4、阿久悠が死去した2007年夏の「思い出のメロディー」(NHK)で追悼の思いを込めて「思秋期」を歌った。
 「思秋期」から5年後の82年、「聖母たちのララバイ*5」が大ヒットし、ようやく「ただの歌のうまい女の子」ではなく、歌い上げるようなバラードこそ彼女の本領だと世間的にも認識されるようになったが、残念ながらその後「家路」以外にヒットに恵まれない*6。

*1 松田トシ(後に敏江)は戦後NHKラジオで安西愛子とともに「歌のおばさん」として活躍、1971年10月にスタートした日本テレビ系のオーディション番組「スター誕生」の審査員を長く務め、手厳しい批評で名を売った。その彼女が岩崎宏美を「一番弟子」と言っていたことがウィキペディアに記されている。1915年生まれ、2011年12月に96歳で亡くなった。
*2 後に「聖母たちのララバイ」で、83年の選抜高校野球行進曲になっており、妹の岩崎良美も86年に「青春」(テレビアニメ「タッチ」のエンディングテーマ)が行進曲に使われている。この時、本来なら良美の最大のヒットとなった「タッチ」を行進曲にすればよかったと思うが、なぜかそうならなかった。
*3 それまでは筒見京平作曲が多く、ポップス調のリズム感のある曲で売っていた。宏美本人の「思秋期」への思いと、ポップス調でもっといきたいという周辺の思いが食い違ったのか、その後の選曲には迷いが感じられ、オリコンベスト10入りは「思秋期」の次の「二十才前」(10位)で途切れ、81年夏の「すみれ色の涙」(6位=ブルーコメッツのカバー)まで大きなヒットはなかった。
*4 この辺はウィキペディアの受け売りで、原典は阿久悠の「愛すべき名歌たち〜私的歌謡曲史〜」(岩波書店、99年)らしい。
*5 日本テレビ「火曜サスペンス劇場」のテーマ曲として、81年9月29日の番組開始時から流れ、最初は発売予定もなかったが、問い合わせが殺到し、視聴者にレコードをプレゼントすることにして募集したところ、35万通の応募があったため翌年5月にリリースされた。発売2週目で1位になり、累計130万枚の大ヒットとなり、その年の日本歌謡大賞を受賞した。ただ、一部のメロディーが外国曲と酷似していると指摘され、作曲者がそれを認めたため、当時、日本製の曲しか受賞対象にならないルールだったレコード大賞ではノミネートされなかった。この曲の大ヒットで、「火曜サスペンス劇場」のテーマ曲は以後の「家路」(83年)、「橋」(84年)、「25時の愛の歌」(86年)、「夜のてのひら」(87年)まで5代続けて岩崎宏美の曲となった。ただし、「ワインカラーの黄昏は」で始まる「家路」が4位になった以外はヒットしていない。
*6 84年に事務所を離れて独立したことで一時干され、88年に結婚して一時ドイツに移住したりしたことが影響したのと、本人自身ヒット曲よりもミュージカルやテレビドラマへと活動の幅を広げたことも関係ありそうだ。


<曲名が「し」で始まる歌は多い。独断と偏見で選んだが、それでもかなりある。実は次回も「し」の番外編になる予定なので、一部を次回まわしにさせていただく>倖せさがして(五木ひろし)、しあわせ芝居(桜田淳子)、幸せだったわありがとう(いしだあゆみ)、しあわせなら手をたたこう(坂本九)、幸せになるために(中山美穂)、しあわせの一番星(浅田美代子)、倖背はここに(大橋節夫)、思案橋ブルース(中井昭&コロラティーノ)、シーサイドバウンド(タイガース)、シーズン・イン・ザ・サン(TUBE)、潮騒のメロディー(高田みづえ)、叱られて(唱歌)、四季の歌(芹洋子)、シクラメンのかほり(布施明)、私生活(辺見マリ)、下町育ち(笹みどり)、下町の太陽(倍賞千恵子)、失恋記念日(石野真子)、失恋レストラン(清水健太郎)、私鉄沿線(野口五郎)、支那の夜(渡辺はま子)、しなやかに歌って(山口百恵)、しのび恋(八代亜紀)、島唄(BOOM)、島育ち(田端義夫)=以下は次回に



<back>
 HOME / ごあいさつ / 自分史(1946〜2002) / 父との別れ / 憂楽帳 / 惰学記 / 父の思い出 / 後援会 / 大きなうた / 余談独談

 大橋建一へのご意見等は、こちらから。  E-Mail : info@ken-ohashi.jp url